第35話 魂の点火
「急げッ! もう目の前まで来てるぞ!」
カイルがライフルを乱射しながら叫ぶ。
甲板の硝煙を突き破り、無数の銃弾がアヴェンジャーの装甲を叩いていた。
カンカンカンッ! という乾いた音が、死刑宣告のカウントダウンのように響く。
「リズ、後ろに乗って! 私の膝の上に!」
「う、うん……!」
私は動かない右腕で妹を抱きかかえ、狭い後部座席へと滑り込んだ。
本来は一人用のスペースだ。リズを膝に乗せると、コンソールが胸に食い込むほど窮屈だった。
だが、今はその温もりが唯一の救いだ。
「……動いて。お願い」
私は震える手で、首筋の神経接続プラグを再び差し込んだ。
ズプッ。
冷たい侵入感。
だが、返ってきたのは「虚無」だった。
さっきまでの暴力的な魔力の奔流はない。
背中合わせに搭載されたファフニールの心臓(魔導炉)は、冷たく沈黙している。
完全な心停止。
過負荷によるショック死だ。
「おい、どうした!? エンジン音が聞こえねえぞ!」
前席のカイルが焦燥の声を上げる。
敵の重装歩兵が、もう機体の足元まで迫っていた。
「心臓が止まってる……! 普通の再起動じゃ間に合わない!」
「あぁ!? じゃあどうすんだよ! ここでミンチになるのを待つのか!」
「……無理やり叩き起こす」
私は覚悟を決め、コンソールのリミッターを解除した。
通常の接続ではない。
私の生体エネルギーを逆流させ、電気ショックのように心臓へ叩き込む「逆位相接続」。
失敗すれば、私の脳が焼き切れる。
(……いいえ、死なせない。リズも、カイルも!)
私は目を閉じ、意識を背後の暗闇へとダイブさせた。
イメージしろ。
止まってしまった巨大な竜の心臓を。
それを、私の手で直接握り潰してでも動かすのだ。
ドクン。
私の右腕――ファフニールの呪いを受けたこの腕が、熱く脈打ち始めた。
「起きなさい……ッ! まだ眠る時間じゃないでしょ!!」
私は叫びと共に、自身の生命力を神経ケーブルへと流し込んだ。
バチチチチチッ!!
脳髄を焼く激痛。
全身の血管が沸騰するような感覚。
リズが「お姉ちゃん!」と悲鳴を上げて私にしがみつく。
その時。
ドォォォォォンッ!!!
背後で、爆発のような鼓動が跳ねた。
死んだはずの心臓が、私の悲鳴に呼応して蘇生したのだ。
ただの再始動ではない。暴走に近い覚醒。
ギャァァァァァァッ!!
機体から溢れ出した衝撃波が、群がっていた敵兵たちを吹き飛ばした。
魔導炉の排気口から、どす黒い炎が噴き出す。
「ッハ、はは! やりやがったな、この魔女め!」
カイルが狂ったように笑い、スロットルを叩き込む。
「捕まってろ! 地獄行きの特急便が出るぞ!」
アヴェンジャーが軋みを上げて前進する。
だが、滑走路はない。
目の前にあるのは、甲板の断崖絶壁と、その下に広がる雲海だけ。
「飛べないなら、落ちればいい!」
カイルの狂気的な判断。
機体は減速することなく、甲板の縁から空へと躍り出た。
フワリ、と浮遊感。
次の瞬間、私たちは鉄塊となって真っ逆さまに落下した。
「きゃあああああっ!」
リズの絶叫。
重力に引かれ、雲海が恐ろしい速度で迫ってくる。
だが、私は冷静だった。
背中の心臓は、ドクンドクンと狂ったように脈打っている。
こいつは、まだ飛びたがっている。
「カイル、今よ!」
「おうよッ! 魔導タービン、最大出力ッ!!」
カイルが点火スイッチを押す。
私の神経を通じて、莫大な魔力が翼のタービンへと流れ込む。
ズガァァァァァァンッ!!
落下のエネルギーを推力へと変え、アヴェンジャーが空気を噛んだ。
翼がしなり、鉄骨が悲鳴を上げる。
機首が強引に持ち上げられ、落下軌道が上昇軌道へと変わる。
Gで視界が歪む中、私は見た。
遠ざかっていく旗艦ガルガンチュアと、呆然と見送る帝國兵たちの姿を。
私たちは生きていた。
地獄の淵から、再び空へと舞い戻ったのだ。




