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第34話 断罪の甲板



「着地するぞ! 舌ぁ噛み切るなよッ!」


 カイルの怒号と共に、アヴェンジャーが急減速エア・ブレーキをかけた。

 眼前に迫るのは、旗艦『ガルガンチュア』の広大な式典用甲板。

 着陸脚ランディング・ギアなどない。

 私たちは数トンの鉄塊となって、飾り付けられたステージへと突っ込んだ。


 ズガァァァァァァァァァァッ!!


 轟音。

 甲板の木材がめくれ上がり、火花が散る。

 機体の腹が装甲板を削り取る不快な振動が、シートを通じて骨まで響く。

 強烈なGに、私はヘルメットをコンソールに打ち付けそうになりながら耐えた。


 アヴェンジャーは数百メートル滑走し、ヴォルゴフの立っていた演説台を粉砕して、ようやく停止した。

 プスン……と、背後のエンジン区画から蒸気が漏れる音がして、機体は完全に沈黙した。

 魔導炉の火が落ち、ただの物言わぬ鉄屑に戻ったのだ。


「……ッ、ぐ」


 私は震える手で首筋に手をやった。

 神経接続プラグを、ジャックから引き抜く。


 バチッ。


 不快な静電気と共に、脳内を満たしていた膨大な情報量が消失した。

 360度の視界も、機体のきしみも、もう感じない。

 残ったのは、ひどい耳鳴りと、自分の荒い呼吸音だけ。

 私はただの、無力な人間に戻った。


「行け、エルゼ!」


 カイルが叫ぶ。

 同時に、周囲を取り囲んでいた帝國近衛兵たちが、銃を構えて殺到してきた。


「反逆者だ! 殺せ!」

「陛下を、ヴォルゴフ閣下をお守りしろ!」


 数百の銃口が私たちに向けられる。

 だが、カイルは笑っていた。

 彼は操縦桿を強引に操作し、動かなくなった機体を物理的に動かした。


「そこを退けぇッ!」


 ギュオォン!

 残った油圧だけで、アヴェンジャーの巨大な左翼が薙ぎ払われる。

 ただの質量攻撃。だが、数トンの金属の塊だ。

 近衛兵たちが悲鳴を上げて吹き飛ばされる。


「今のうちだ! リズを連れてこい! ここの制圧は俺がやる!」

「……頼んだわ、カイル!」


 私はコクピットハッチを蹴り開け、白煙漂う甲板へと飛び降りた。


 足がもつれる。

 重力が重い。

 だが、私は走った。

 硝煙の向こう、瓦礫の山と化したステージの中央へ。


 そこに、彼らはいた。


「来るな! 来るんじゃない!」


 腰を抜かしたヴォルゴフが、リズを羽交い締めにしていた。

 その手には、見覚えのある黒い送信機。

 私の首輪、そしてリズの生命維持装置を停止させるためのリモコンだ。


「お姉ちゃん……!」

「リズ!」


 駆け寄ろうとする私の前を、二人の親衛隊員が遮った。

 抜き身の剣を構え、殺気立っている。


「止まれ! それ以上近づけば斬る!」


 邪魔だ。

 今の私に、問答している時間はない。

 私は止まらなかった。

 右腕を――包帯の下に隠していた、異形の腕を構える。


「……どけッ!」


 右腕を振るう。

 ただの裏拳。

 だが、ファフニールの呪いに侵食され、鋼鉄の鱗と化したその腕は、剣よりも硬い。

 ガキンッ!

 親衛隊員の剣を刀身ごとへし折り、そのまま彼の鎧をひしゃげさせて吹き飛ばした。


「な、なんだその腕は……!?」

「化け物……!」


 もう一人が恐怖に凍りつく。

 私はその隙に懐へ飛び込み、左手のナイフの柄で鳩尾みぞおちを強打した。

 二人の兵士が崩れ落ちる。


 残るは、一人。


「ひ、ひぃぃ……っ」


 ヴォルゴフが後ずさる。

 彼は震える指でリモコンを私に向けた。


「動くな! このボタンを押せば、貴様の首も、妹の命も終わりだぞ! 私は帝國の英雄なんだ! こんなところで……!」

「英雄?」


 私は血のついた唇を拭い、一歩踏み出した。

 こいつは分かっていない。

 安全な場所でふんぞり返っている間に、私たちがどれだけの地獄を這いずってきたかを。


「子供を盾にして、安全な場所からボタンを押すのが英雄のすること?」

「うるさい! 来るな! 殺してやる!」


 ヴォルゴフの指が、送信機のボタンにかかる。

 距離は十メートル。

 走っても間に合わない。


 ――いいえ。

 今の私なら、届く。


 私は地面を蹴った。

 右腕に宿る竜の魔力が、一時的に全身の身体能力を底上げする。

 人間離れした加速。


「あ――」


 ヴォルゴフがボタンを押し込むよりも速く。

 私は彼の目の前に肉薄していた。


 シュッ!

 銀閃。

 私が振るったナイフが、ヴォルゴフの手首を正確に切り裂いた。


「ぎゃあああああッ!!」


 手首から先が、リモコンを握ったまま宙を舞う。

 鮮血が噴き出し、ヴォルゴフが絶叫してのた打ち回る。

 私は落ちてきたリモコンを左手でキャッチし、そのまま握りつぶした。


 パキリ。

 乾いた音が、私の呪縛の終わりを告げた。


「……終わりよ、ヴォルゴフ」


 私は右腕で――あの忌まわしい鱗に覆われた手で、彼の胸ぐらを掴み上げ、宙に吊るした。

 恐怖と痛みで引きつった顔が、目の前にある。


「た、助けてくれ……! 金ならやる! 地位も、名誉も!」

「いらないわ。私が欲しいのは、たった一つ」


 私は彼を放り投げた。

 甲板の端、手すりのない奈落の縁へと転がっていく。


「妹との、静かな時間だけよ」


 ヴォルゴフは何かを叫ぼうとしたが、足を踏み外し、そのまま雲海の下へと消えていった。

 悲鳴すら、風にかき消されて聞こえなかった。


 静寂。

 私は振り返り、へたり込んでいる少女へと歩み寄った。


「……お姉、ちゃん?」


 リズが、信じられないものを見る目で私を見上げている。

 彼女の視線は、私の右腕に注がれていた。

 黒く、禍々しい、人食い竜の腕。

 怖がられるかもしれない。

 拒絶されるかもしれない。

 それでもいい。生きていてくれれば。


「ごめんね、リズ。……遅くなって」


 私が手を伸ばそうとして、躊躇い、引っ込めようとしたその時。

 リズが飛びついてきた。

 私の胸に顔を埋め、あの硬い鱗の腕を、小さな両手でぎゅっと抱きしめたのだ。


「ううん……! かっこいいよ、お姉ちゃん……! 最高の、ヒーローだよ……!」

「リズ……っ」


 張り詰めていた糸が切れた。

 私は妹を抱きしめ、声を上げて泣いた。

 戦場のど真ん中で。

 血と硝煙の匂いの中で。

 私たちはようやく、本当の意味で再会したのだ。


「――おい、感動の再会は後にしてくれ!」


 背後から、カイルの怒号が飛んできた。

 アヴェンジャーの影から、彼は手持ちのライフルで応戦していた。

 甲板の向こうから、重武装した増援部隊が、黒い波のように押し寄せてきていた。


「姫さんを担いで乗れ! 生きて帰るまでが遠足だぞ!」


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