第32話 反逆のファンファーレ
帝都「ヘイムダル」。
かつて神々が住まうと謳われたこの都は、今まさに狂熱の坩堝と化していた。
白亜の王城へと続くメインストリートを埋め尽くすのは、数十万の市民と、勝利を祝う紙吹雪の嵐。
空には、五百隻を超える帝國艦隊が整然と隊列を組み、その威容を誇示している。
軍楽隊が奏でる勇壮な行進曲が、大気を震わせていた。
その中心。
旗艦『ガルガンチュア』の特設甲板ステージに、ヴォルゴフ少佐は立っていた。
「見よ! これぞ我が帝國の正義の証明である!」
拡声魔法で増幅された彼の声が、帝都中に響き渡る。
彼は満足げに口髭を撫で、背後の檻を振り返った。
そこには、白い拘束衣を着せられた少女――リズが、力なく座り込んでいた。
「この娘は、愚かにも我が軍に刃向かった反逆者の血族である! だが、慈悲深き皇帝陛下は、彼女に懺悔の機会をお与えになった!」
ヴォルゴフが合図を送ると、兵士がリズを無理やり立たせ、マイクの前へと引きずり出す。
リズの顔色は蝋のように白く、瞳は焦点が合っていない。
過剰な魔力投与による衰弱だ。
それでも、彼女は唇を震わせ、何かを言おうとしていた。
「……おねえ、ちゃん……」
その小さなつぶやきは、熱狂する群衆の声にかき消された。
誰も彼女を見ていない。
彼らが見ているのは「勝利のトロフィー」としての生贄だけだ。
ヴォルゴフが嘲笑う。
「さあ、歌え! 帝國への感謝を! 死んだ姉への手向けに!」
その時だった。
キィィィィィィィン――――!!
突如、帝都中のスピーカーから、耳をつんざくようなハウリング音が鳴り響いた。
軍楽隊の演奏が止まる。
歓声が悲鳴に変わる。
何事かと空を見上げる数十万の群衆。
次の瞬間。
世界中の全モニター、全ラジオ、全通信機が、一斉にジャックされた。
『――感謝のスピーチには、まだ早すぎるんじゃない? 少佐』
ノイズ混じりの、けれど氷のように冷徹な女性の声。
ヴォルゴフの表情が凍りついた。
忘れるはずがない。
自らの手で葬ったはずの、あの忌々しい魔女の声。
「き、貴様……まさか!?」
ヴォルゴフが空を見上げる。
それに釣られて、全兵士、全市民が上空を仰いだ。
厚い雲海が、渦を巻いている。
その中心が、内側からの圧力で弾け飛んだ。
ドォォォォォォォォンッ!!
雷鳴のような衝撃音と共に、雲を突き破って「それ」は現れた。
太陽を背に急降下する、一機の影。
帝國軍の銀色の翼ではない。
漆黒の胴体に、継ぎ接ぎだらけの蒼い翼を持つ、異形の怪物。
『聞こえているかしら、帝國軍』
機体から放たれる強力な指向性通信が、強制的に帝都のメイン放送波を上書きしていく。
『私は帝國第4遊撃隊所属、エルゼ・フォン・エーデルワイス。……いいえ、今はただの復讐者』
怪物が加速する。
音速を超え、衝撃波が旗艦ガルガンチュアの甲板を薙ぎ払う。
突風に煽られ、ヴォルゴフが無様に尻餅をついた。
リズが、風の中で目を見開く。
「……エルゼ、姉さん……?」
モニター越しに、妹の声が聞こえた。
それだけで十分だった。
私の脳髄を焼いていた激痛が、一瞬で澄み渡るような殺意へと変わる。
「カイル、今よ!」
「おうよ! 招待状を受け取ってくれやァッ!!」
前席でカイルが咆哮し、トリガーを引き絞る。
アヴェンジャーの機首に搭載された、ファフニールの遺産――『重力収束砲』の安全装置が解除される。
本来は大型艦の主砲クラスの兵器。
それを、私の魔力で無理やり臨界点までチャージし、至近距離から叩き込む。
ズドンッ!!
黒い閃光が走った。
狙いはヴォルゴフではない。旗艦の「対空防御結界」の発生装置だ。
バリバリバリバリッ!
ガラスが割れるような音と共に、艦隊を守っていた不可視のドームが粉砕された。
結界の破壊により、旗艦のエンジン出力が一時的に低下し、巨体がガクリと傾く。
悲鳴を上げて逃げ惑う貴族たち。
「総員、戦闘配置ッ! 撃ち落とせ! あれは亡霊だ!」
ヴォルゴフが泡を飛ばして叫ぶ。
ようやく我に返った護衛の竜騎士たちが、一斉に飛び立った。
その数、およそ五十機。
対してこちらは、手負いのキメラが一機。
絶望的な戦力差。
だが、アヴェンジャーのコクピットの中で、私はカイルの背中に向かって囁いた。
「……少ないわね」
「ああ。準備運動にもなりゃしねえ」
カイルが操縦桿を倒す。
アヴェンジャーが、生物的な挙動で空を蹴った。
従来の「旋回」ではない。
翼の角度と、魔導炉の推力偏向、そして私の神経制御による姿勢制御が噛み合い、物理法則を無視した鋭角機動を行う。
敵の先頭集団が、私たちの残像を追って空を切った。
「食らいなッ!」
すれ違いざま、カイルが機銃掃射を浴びせる。
ただの機銃ではない。私が魔力を込めた「徹甲魔導弾」だ。
敵の竜の装甲を豆腐のように貫き、三機が火だるまになって墜ちていく。
『な、なんだあの動きは!?』
『速すぎる! ロックオンできない!』
敵の通信が恐怖に染まる。
当然だ。
彼らは「機械」を相手にしているつもりだろうが、こっちは「生き物」なのだ。
私の神経が機体の隅々まで行き渡り、風を感じ、敵の殺気を感じ取っている。
キィィィィン……。
背中の魔導炉が、さらなる魔力を求めて唸りを上げる。
私の視界が赤く染まる。
鼻からツーと温かいものが流れた。鼻血だ。
脳への負荷が限界を超えつつある。
(……まだ、壊れるなよ。私の体)
私は意識を研ぎ澄まし、次々と襲い来る敵機の軌道を予測線として視界に描画した。
「右、四時の方向からミサイル二発! そのあと左旋回で死角へ!」
「了解!」
私の指示よりコンマ一秒早く、カイルが反応する。
まさに阿吽の呼吸。
かつてのライバル同士が、一つの身体を共有して戦う、最強の二人羽織。
私たちは、爆炎と黒煙をまといながら、リズの待つ旗艦へと突き進んだ。
この空に、反逆の歌を刻みつけるために。
【補足:帝都の地名について】
作中に登場する地名の区分けについて、補足説明です。
・帝都ヴァルハラ
帝國の首都全体の総称。市民が暮らす居住区や商業区を含んだ都市そのものを指します。
・皇宮ヘイムダル(ヘイムダル要塞)
帝都ヴァルハラの中央に位置する、皇帝の居城および軍最高司令部がある特別区画です。
第11話で到着したのは「帝都ヴァルハラ(都市)」、今回の演説が行われたのはその中枢である「皇宮ヘイムダル」となります。




