第29話 禁忌の手術
墜落現場には、金属が焼ける嫌な臭いが充満していた。
カイルは、変わり果てた愛機『蒼き竜』のエンジンフードを蹴り上げ、絶望的な溜息をついた。
「ダメだ。エンジンが完全にイカれてる。心停止だ」
彼は次に、横たわる黒竜ファフニールを見やり、首を振った。
「こっちも同じだ。脳ミソ(制御中枢)が焼き切れてやがる。タービンも粉々だ。……どっちも死んでる。ただの鉄屑だ」
「いいえ、まだ『心臓』は生きてるわ」
私はファフニールの胸部装甲に触れた。
装甲越しでも分かる。ドクン、ドクンという不気味な脈動と、火傷しそうなほどの熱。
「こいつの制御系(脳)は死んだけど、魔導炉(心臓)だけはまだ暴走状態で動いてる。……この莫大な魔力を、あなたの機体に移植すれば飛べる」
「はあ? 正気か?」
カイルが呆れたように声を荒げた。
「規格がまるで違うぞ。帝國の最新鋭生体炉を、俺の旧式機に載せてみろ。出力に耐えきれずにフレームが爆散するか、拒絶反応で動かないかのどっちかだ」
カイルの言う通りだ。
本来、異なる機体のパーツ同士は繋がらない。神経伝達信号が違うからだ。
言葉の通じない外国人を、無理やり操縦席に座らせるようなもの。
「だから、私が『通訳』になるのよ」
私は自分の首筋にある接続プラグを指差した。
「ファフニールの心臓と、あなたの機体の手足。その間に私が回路として挟まる。私が後部座席で心臓の暴走を抑え込んで、翻訳した信号を前席へ送る。……そうすれば動くわ」
カイルが息を呑んだ。
彼は整備にも詳しい。だからこそ、私が言っていることの「狂気」を瞬時に理解したのだ。
「……お前、自分が何を言ってるのか分かってるのか? 生身の人間が、出力変換器の代わりをするってことだぞ。脳味噌が焼き切れるぞ」
「平気よ。どうせもう、半分人間じゃないもの」
私は動かない右腕の鱗を見せつけ、強がって笑った。
「嫌ならここで朽ち果てる? 私は御免よ。リズを助けるまでは、地獄からだって這い上がってやる」
私の覚悟を受け止めたカイルは、数秒の沈黙の後、獰猛な笑みを浮かべた。
「上等だ。……付き合ってやるよ、その禁忌の手術に」
◇
狂気の改造作業が始まった。
使えるのは、機体に積んでいた簡易工具だけ。
カイルは義足の痛みを堪えて重い装甲板を運び、溶接バーナーで火花を散らす。
ファフニールの胸から、まだ脈動を続けるグロテスクな「魔導炉」を引きずり出し、無理やりブルーバードのフレームへと押し込む。
サイズが合わない部分は、装甲を切り裂いてスペースを作った。
私は左手一本と口を使って、数千本ある神経ケーブルを一本一本繋ぎ合わせていく。
帝國製の赤い神経と、レジスタンス製の青い配線。
本来繋がるはずのない二つを、私の血管を経由させて結んでいく。
オイルと汗、そして血の匂いが混ざり合う。
言葉はなかった。
ただ、生きるという執念だけが、二人の手を動かしていた。
「……接続、完了」
数時間後。
太陽が傾き、森が再び闇に沈もうとする頃。
そこには一機の『怪物』が鎮座していた。
漆黒の魔導炉を抱え込んだ、蒼い機体。
装甲は剥き出しで、赤と青のケーブルが血管のように機体表面を這い回っている。
美しい流線型ではない。生きるために装飾を削ぎ落とし、殺すための機能だけを肥大化させた姿。
「座れ、エルゼ。……狭いぞ」
カイルの手を借りて、私は新造されたコクピットへと滑り込んだ。
座席は前後密着型。
前席のカイルの背中に、私の胸が押し付けられる。
「……行くわよ」
私は首筋のプラグを引き出し、コンソールの接続端子に差し込んだ。
バチチチッ!
瞬間、激痛が脳を走った。
ファフニールの心臓が送り出す暴力的な魔力が、私の身体を通過して、カイルの操縦系へと流れ込んでいく。
「ぐ、ぅぅ……ッ!」
「エルゼ!?」
「大丈夫……繋がった! エンジン始動!」
カイルがスイッチを叩く。
ドクン、ドクン……ズガガガガガッ!!
不揃いな爆発音と共に、魔導炉が覚醒した。
それは整った機械の音ではなかった。
死んだはずの肉体に、無理やり魂を吹き込まれた獣の、苦悶と復活の咆哮だった。
今回の「合体」に関する補足です。
黒竜:制御系(脳)は死亡しましたが、生体魔導炉(心臓)だけは生きており、魔力を垂れ流している状態です(植物状態)。
蒼竜:エンジン(心臓)は壊れましたが、翼やフレーム(身体)は無事です。
再稼働の仕組み:通常、規格が違うため繋がりませんが、エルゼが自身の神経回路を「変換アダプタ」として間に挟むことで、無理やり黒竜の心臓で蒼竜の身体を動かしています。
つまり、獣として蘇ったわけではなく、「エルゼという生体CPUを使って、無理やり死体を動かしているゾンビ(キメラ)」に近い状態です。




