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第26話 共犯者たち



「……く、そ」


 カイルが弱々しく悪態をついた。

 彼の右足――鉄パイプとバネで構成された無骨な義足が、ひしゃげたフットペダルの隙間に完全に噛み込んでいる。無理に引き抜こうとすれば、膝の結合部ごと持っていかれそうだ。


「動かないで。今、切るから」


 私はサバイバルナイフの刃を、義足の接合部に当てた。

 強化セラミック製のナイフとはいえ、鉄を切るのは骨が折れる。

 私は動かない右腕を添え木のようにして固定し、左手でナイフの背を石で叩いた。


 ガキン、ガキン。


 硬質な金属音が、死んだように静かな森に吸い込まれていく。

 叩くたびにカイルの顔が苦痛に歪む。切断の衝撃が、切断肢の古傷に響いているのだろう。

 それでも彼は声を上げない。唇を噛み切り、脂汗を流しながら耐えている。


(……強い人)


 昔からそうだ。この男は、痛みに対して異常なほど鈍感で、あるいは我慢強い。

 数分間の格闘の末、パキンという乾いた音と共に義足のシャフトが折れた。


「……っは、ぁ」


 拘束から解き放たれたカイルが、シートから崩れ落ちてくる。

 私はとっさに身体を入れ、彼を受け止めた。

 ずしりとした重み。

 血と油、そして男の汗の匂いが鼻腔を満たす。それは不快というよりも、生々しい「生」の実感として私に迫ってきた。


「……悪い」

「礼には及ばないわ。ここで死なれたら、私の寝覚めが悪いだけ」


 私は彼に肩を貸し、コックピットから湿った苔の上へと引きずり出した。

 カイルは荒い息を整えながら、自身の右膝――義足が外れて短くなった脚を見つめ、自嘲気味に笑った。


「見られちまったな。……無様だろ? 片足の竜騎士なんて」

「いいえ」


 私は首を振った。お世辞ではない。

 あのファフニールの機動についてきたのだ。片足で、しかも旧式機で。

 それは無様どころか、狂気じみた執念の結晶だ。


「……なぜ、俺を助けた?」


 カイルが私を見上げ、射抜くような視線を向けてきた。

 その瞳は、まだ私を「敵」として警戒している。


「帝國の命令か? 俺を捕虜にして、情報を吐かせるための」

「違うわ。……ただの気まぐれよ」

「嘘をつけ!」


 カイルがいきなり私の腕を掴んだ。

 負傷者とは思えない握力。私は振りほどこうとして――失敗した。

 もつれ合い、私の軍服の袖が大きくめくれ上がる。


「……!」


 森の薄暗がりの中で、それは異様な存在感を放っていた。

 私の右腕。

 指先から肘にかけて、皮膚が消え失せ、黒曜石のような硬質な鱗に覆われた腕。

 爪は鋭利に尖り、血管の代わりに赤い魔力光が明滅している。

 

 人間のものではない。

 竜の一部を無理やり接ぎ木したような、醜い捕食者の腕。


 カイルが息を呑むのが分かった。

 時が止まったように、二人の視線がその腕に釘付けになる。

 終わった。

 化け物だと罵られる。軽蔑される。恐怖される。

 私は反射的に目を瞑り、罵倒の言葉を待った。


「……これが、お前の代償か」


 けれど、降ってきたのは優しい雨のような声だった。

 恐る恐る目を開けると、カイルは私の腕を――忌まわしい鱗を、そっと指先で撫でていた。


「帝國の最新鋭機……あれに乗るために、お前はこんな身体にされたのか」

「……触らないで!」


 私は悲鳴に近い声を上げ、腕を引っこ抜いた。

 同情なんてされたくない。

 自分の醜さを突きつけられるのは、死ぬよりも辛い。


「見世物じゃないわ。……殺したければ殺せばいい。どうせ、もう飛べない」

「飛べないのは俺も同じだ」


 カイルは短くなった自分の脚を叩いた。

 

「翼をもがれた鳥が二羽。……笑えるな。ここには敵も味方もいない。ただの遭難者が二人いるだけだ」


 その言葉に、張り詰めていた糸がふっと緩んだ気がした。

 そうか。

 今の私たちは、帝國軍のエースでも、レジスタンスの英雄でもない。

 ただの、壊れた人間だ。


 ザァァァ……。

 頭上の梢が風に揺れ、不穏な音を立てる。

 遠くから、重苦しい羽音が聞こえてきた。帝國軍の哨戒機だ。


「……捜索隊だわ。生存者を確認して、トドメを刺す気ね」


 私は空を見上げ、ナイフを握り直した。

 見つかれば即座に殺される。今の私たちに、対空戦闘をする力はない。


「隠れるぞ、エルゼ。あの大木の根元、空洞になってる」


 カイルが顎でしゃくった先、樹齢数千年と思われる巨木の根元に、人が数人入れるほどの闇が口を開けていた。

 選択肢はない。

 私はカイルに肩を貸し、二人でその闇の中へと身を滑り込ませた。


 狭いうろの中。

 湿った土と腐敗臭。そして、密着した互いの体温。

 暗闇の中で、カイルの鼓動が背中越しに伝わってくる。


「……とりあえず、休戦だ」


 耳元で、カイルが囁いた。


「ここから生きて出るまでは、お前は俺の共犯者だ。……いいな?」


 私は小さく頷き、冷え切った自分の右腕を抱きしめた。

 共犯者。

 その背徳的な響きが、今の私には唯一の救いのように聞こえた。


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