第23話 暁の断頭台
地平線が白み始めると同時に、世界はその色を失った。
西の果てにある『終わりの森』。樹齢数千年の巨木が立ち並ぶ緑の海を、天を覆う鋼鉄の影が塗り潰していく。
帝國軍、総攻撃部隊。
旗艦『ガルガンチュア』を中心に展開した艦隊は、まるで空に浮かぶ墓標の群れだ。数千の竜が発する羽音は、もはや轟音を通り越して、大気を震わせる不快な低周波となって森の生物たちを圧殺していた。
その旗艦の深奥、特務格納庫。
私は、漆黒の竜『ファフニール』の胎内にいた。
「……接続、深度最大」
私の思考に応じ、首筋のプラグから無数の神経素子が脊髄へと侵入してくる。
ゾワリ、と冷たい蛇が体内を這いずり回る感覚。
右腕の感覚はもうない。肩から先が冷たい石に変わってしまったようだ。視界の端には赤いノイズが走り、生体モニターのアラートがうるさく点滅している。
『――聞こえるかね、魔女くん。これが最後のショーだ』
マルサス博士の声が脳髄に直接響く。
私はそれを無視し、ただ目の前の闇を見つめた。
「……リズは」
『ああ、約束通り、最前列の特等席を用意してあるとも』
モニターの片隅に、小さな映像ウィンドウが開く。
どこかの白い部屋。車椅子に乗った妹のリズが、窓の外――この戦場の空を見上げている姿が映し出された。
彼女の目には、この艦隊がどう映っているのだろう。正義の軍隊か、それとも死を運ぶ悪魔の群れか。
「……見ていて、リズ。すぐに終わらせるから」
私は自分自身に言い聞かせるように呟き、トリガーとなる「歌」を吸い込んだ。
カタパルトが開く。
吹き込んでくる冷たい風が、黒い装甲を撫でた。
「特務少尉エルゼ、出るッ!」
思考と同時に、ファフニールが咆哮する。
爆発的な加速。G(重力)の壁を突き破り、私は暁の空へと弾き出された。
◇
眼下の森から、無数の光弾が舞い上がった。
レジスタンスの迎撃だ。
地上に設置された旧式の対空魔導砲、そして森の木陰から飛び立つ数百の竜騎士たち。彼らは蟻のような数で、巨象である帝國艦隊へと食らいつこうとしていた。
『総員、攻撃開始! 一匹たりとも逃がすな!』
ヴォルゴフ少佐の号令と共に、艦隊が一斉射撃を開始する。
空が燃えた。
焼夷弾の雨が森を焼き、爆風が緑の木々をへし折る。
だが、レジスタンスも死に物狂いだ。燃え盛る炎の中から次々と竜が飛び出し、帝國の前衛部隊へと特攻をかけてくる。
(……邪魔だ)
私はファフニールの翼を広げた。
機体が魔力を欲しがり、私の血管から生命力を吸い上げていく。指先が炭化するような激痛。だが、その痛みと引き換えに、世界がスローモーションに見えるほどの知覚拡張が得られる。
ロックオン。数、五〇。
雑魚に構っている暇はない。
「消えろッ!」
ファフニールの口腔から、収束された重力魔弾が放たれた。
それは一直線に空間を抉り取り、射線上にいたレジスタンスの部隊を、悲鳴を上げる間もなく飲み込んだ。
装甲がひしゃげ、肉体が圧縮され、小さな肉団子となって墜ちていく。
圧倒的な暴力。
私が通った後には、塵一つ残らない。
敵の恐怖が、魔力波となって肌に伝わってくる。
『化け物だ! あいつを止めろ!』
『隊長がやられた! くそっ、悪魔め!』
憎悪の声。絶望の叫び。
それら全てを、私は無感情に切り捨てていく。
心が痛む? いいや、そんな機能はもう壊れた。
今の私は、妹を鳥籠から出す鍵を手に入れるための、ただの殺戮機械だ。
その時だった。
爆炎と黒煙の向こう側から、一筋の蒼い閃光が、異常な速度で突っ込んできたのは。
(……来た)
センサーが反応するよりも早く、私の本能が警鐘を鳴らす。
装甲を捨て、防御を捨て、命さえも燃料にくべて加速する、狂気の特攻機。
見間違えるはずもない。
『エルゼェェェェッ!!』
通信回線を無理やり割り込み、カイルの怒号が響く。
蒼い竜『ブルー・バード』が、弾幕の隙間を縫うように――いや、弾幕そのものを切り裂くようにして、私の眼前へと迫っていた。
私はファフニールの爪を構え、迎え撃つ。
再会の挨拶は不要だ。
交わすのは、どちらかが死ぬまで終わらない、鉄と血のキスだけでいい。




