第21話 蝕まれた肉体
目が覚めると、そこは白一色の無菌室だった。
消毒液と、腐った果実のような甘い臭いが混ざっている。
「……っ、う」
身体を起こそうとして、激痛に呻いた。
右腕が動かない。
恐る恐る視線を落とすと、私の右腕は肘から先が黒く変色し、皮膚が硬質化していた。
まるで、竜の鱗のように。
「お目覚めかね、魔女くん」
ベッドの脇で、マルサス博士がデータを覗き込んでいた。
彼は私の黒ずんだ腕を見て、うっとりとした表情を浮かべる。
「素晴らしい進行速度だ。ファフニールとの神経同調が深まりすぎた結果、君の肉体が『自分は竜である』と誤認し始めている。魔素侵食の末期症状だよ」
私は動かない右腕を左手で掴んだ。
感覚がない。自分の体なのに、冷たい石のようだ。
「……あと、どれくらい保つの」
「保つ? 何を言っているんだ。君はもう『完成』しつつあるんだよ」
マルサスは狂ったように笑った。
彼にとって、私はもう人間ではない。ファフニールという最強の兵器を動かすための、使い捨ての生体部品に過ぎないのだ。
ドアが開き、ヴォルゴフ少佐が入ってきた。
彼は私の異様な腕を見ても眉一つ動かさず、一枚の書類を突きつけた。
「起きられるな? 最終作戦の指令だ」
「……最終?」
私が掠れた声で問うと、ヴォルゴフは傲慢に頷いた。
「我々の大攻勢により、レジスタンスの残党は西の『終わりの森』へ追い詰められた。そこで奴らを根絶やしにする。……これが終われば、戦争は帝國の完全勝利で幕を閉じる」
終わりの森。
そこは、カイルたちが潜んでいる場所。
そして恐らく、私が死ぬ場所。
「貴様の妹、リズの身柄だが……この作戦が成功すれば、約束通り解放してやろう。一生遊んで暮らせるだけの報奨金をつけてな」
ヴォルゴフの言葉に、私の心臓が跳ねた。
解放。その甘美な響き。
だが、裏を返せば「失敗すれば即座に処分する」という最後通告でもある。
「……分かったわ」
私はベッドから降りた。
足がふらつく。視界が明滅する。
それでも私は軍服の袖を通し、動かない右腕を無理やり隠した。
「やってやるわよ。……あの子が、自由になれるなら」
私が化け物になろうと、燃え尽きて死のうと構わない。
リズが青空の下で笑えるなら、それが私の生きた証になる。
私は鏡に映る自分の顔を見た。
そこに映っていたのは、もう人間の女ではなかった。
瞳孔が縦に裂け、赤く発光する――復讐と執念だけで動く、哀れな怪物の姿だった。




