第20話 鋼鉄と翼
正面突破は自殺行為だ。それは初撃で痛いほど理解した。
「チッ……!」
俺は機体を横滑りさせ、黒竜が吐き出した漆黒の閃光を紙一重でかわした。
熱波だけでキャノピーの表面が溶け出す。
直撃すれば、骨も残らない。
『遅い』
エルゼの声なき声が響く。
黒竜ファフニールが、巨体に似合わぬ加速で距離を詰めてくる。
あの巨大な機械翼、推力が桁違いだ。逃げようとしても、数秒で背中を食われる。
ならば、絡め手しかない。
「お前の動きは、機械的すぎるんだよ!」
俺は義足のつま先でラダーペダルを蹴り込んだ。
ガキンッ、と金属音が響く。
通常の人間なら躊躇するような乱暴な操作。だが、痛みを感じない鉄の足だからこそできる、限界を超えた急旋回。
俺の竜『ブルー・バード』が、空中で独楽のように回転しながら、崩れ落ちる時計塔の隙間へと飛び込んだ。
『……っ?』
エルゼの反応が遅れる。
彼女の機体は「最適解」を選び続ける。だからこそ、こんな瓦礫の雨が降る狭い路地裏へ突っ込むという「非合理的」なルートは予測できない。
俺は崩落する石壁を盾にし、黒竜の視界から消えた。
そして、その真上を取る。
「もらったァッ!」
背面降下からの至近距離射撃。
狙うのは装甲の隙間、翼の駆動部一点のみ。
◇
(上……!?)
センサーが警告音を鳴らすよりも早く、頭上から殺気が降り注いだ。
カイルの蒼い竜が、瓦礫の煙を突き破って襲いかかってくる。
速い。いや、上手い。
私のファフニールが「最強の矛」なら、彼は「風」そのものだ。
機体性能では勝っているのに、捉えきれない。
ガガガガッ!
背中のタービン基部に衝撃が走る。
直結した神経に激痛が逆流し、視界が白く明滅した。
「……ぐ、ぅッ!」
痛い。痛い。
だが、この痛みこそが、私の燃料だ。
私は痛みを怒りに変換し、思考コマンドを叩きつけた。
迎撃。殲滅。全方位攻撃。
ファフニールの全身から、無数の誘導魔弾が放たれる。
狙いをつける必要さえない。この空域のすべてを埋め尽くせば、風だって逃げ場を失う。
◇
「なっ……!?」
俺は息を飲んだ。
黒竜の全身から、紫色の光弾がばら撒かれたのだ。
死角なしの弾幕。もはや操縦技術でかわせる密度じゃない。
一発、二発。
右翼と尾翼に被弾する。
衝撃で視界が揺れ、コントロールが利かなくなる。
「ぐアァァッ!」
俺の機体は煙を吹き、バランスを失って高度を落とした。
眼下には、燃え盛る市街地。
立て直そうとレバーを引くが、油圧が死んでいる。
墜ちる。
そう覚悟した瞬間、黒い影が俺の上空を覆った。
見上げれば、ファフニールが巨大な鋼鉄の爪を振り上げているところだった。
トドメを刺しに来たのだ。
その赤い瞳には、慈悲も、かつての友への想いも、欠片ほども残っていないように見えた。
(……ここまでか)
俺は目を閉じることなく、その死神の姿を睨みつけた。
だが、その爪が振り下ろされる直前。
黒竜の動きが、ピタリと止まった。
『――ガァァァァッ!?』
竜の咆哮ではない。
それは、エルゼ自身の苦悶の絶叫だった。
黒竜の背中のタービンから、どす黒い煙とスパークが噴き出している。
オーバーロードだ。
俺の攻撃が効いたのか、それとも機体の自壊か。
黒竜は空中で悶え苦しみ、そのままバランスを崩して、俺とは反対方向――帝國軍の艦隊の方角へと撤退を始めた。
「……逃げた、のか?」
俺は呆然と、遠ざかる黒い影を見送った。
命拾いした。
だが、最後に聞こえたあの悲鳴。
あれは、機体の故障を嘆く声じゃなかった。
もっと根源的な、魂が削り取られる音のように聞こえた。
「エルゼ……。お前、本当に死ぬ気なのか」
俺は燃える都市の上空で、血の滲む唇を噛み締めながら呟いた。
勝負は引き分け。いや、痛み分けだ。
だが、次はない。
彼女の身体も、俺の機体も、もう限界が近いことは明らかだった。




