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第19話 煉獄の邂逅



 熱波が、上空二千メートルにあるコクピットの装甲越しに伝わってくる。


「……嘘だろ」


 俺は呻き、操縦桿を握る手に力を込めた。

 眼下に広がっていたのは、もはや都市ではなかった。ただの巨大な焚き火だ。

 石造りの尖塔が音を立てて崩れ落ち、逃げ遅れた人々を乗せた避難船が、火の粉を浴びて次々と墜ちていく。


 遅かった。

 俺たちレジスタンスの増援部隊が到着した時には、城塞都市アイギスはすでに地図から消滅していたのだ。


『ちくしょう! 帝國の奴ら、女子供まで焼き殺す気かよ!』


 僚機のパイロットが無線で泣き叫ぶ。

 俺は義足を踏ん張り、乱れる機体を制御した。

 怒りで視界が赤く染まる。だが、それ以上に身体を支配していたのは無力感だった。

 空を埋め尽くす帝國の大艦隊。あんな物量を前に、俺たちの古臭い竜騎士団サーカスごときが何になる?


 だが、その時だった。

 燃え盛る市街地の中心から、異質な「影」が飛び出してきたのは。


「……なんだ、あれは?」


 それは、炎よりも黒く、闇よりも深い色をしていた。

 巨大な黒竜。

 そいつは、瓦礫の隙間から必死に離陸しようとしていた民間船に躍りかかると、鋼鉄の爪でその船体を紙細工のように引き裂いた。

 悲鳴すら上げさせない。一瞬の虐殺。


 戦いではない。あれは、ただの捕食だ。

 俺の背筋に、以前味わったことのある冷たい悪寒が走った。

 まさか。

 いや、間違いない。あの不快なプレッシャーは――。


          ◇


 ――ターゲット、沈黙。生体反応、消失。


 思考と同時に、目の前の船が爆散する。

 飛び散る破片が、私の機体『ファフニール』の装甲を叩くが、羽虫がぶつかった程度にしか感じない。


(……脆い)


 何もかもが脆すぎる。

 建物も、船も、人の命も。

 私が指先を少し動かすだけで、すべてが灰になって消えていく。


『素晴らしいぞ特務少尉! その調子だ、逃げる鼠を一匹残らず焼き払え!』


 脳内に響くマルサス博士の歓喜の声。

 私はそれをノイズとして処理カットした。

 感情はいらない。痛みもいらない。

 神経接続された機体から逆流してくるのは、破壊の衝動と、私の肉体が蝕まれていく冷たい感覚だけ。


 右手の感覚はもうない。

 肺の半分が炭化している気がする。

 けれど、ファフニールが「もっと魔力エサを寄越せ」と飢えているから、私は意識の底から魔力を汲み上げ続ける。


 次。次の獲物はどこ?

 赤いノイズが走る視界で、私は新たな熱源を探した。

 その時、センサーが上空からの接近を告げるアラートを鳴らした。


 高速接近。

 敵味方識別信号、なし。

 いや、この魔力波長パターン

 記憶データの深層にある、懐かしくて忌々しい色が点滅する。


          ◇


「そこをどけぇぇぇッ!」


 俺はスロットルを限界まで押し込み、黒い竜の背後へ突っ込んだ。

 愛機『蒼き竜ブルー・バード』が悲鳴を上げる。

 義足がペダルに食い込み、激痛が走る。だが、構うものか。


 照準器の中、黒い怪物の背中を捉える。

 魔導機銃、フルバースト。

 蒼い曳光弾が吸い込まれるように敵機へと殺到し――


 キン、キン、キンッ!


 硬質な音と共に、すべて弾かれた。

 傷一つない。魔法障壁シールドを展開した様子すらない。

 ただの装甲強度だけで、機銃掃射を無効化したというのか。


「なっ……!?」


 驚愕する俺の目の前で、黒い竜が、生物には不可能な挙動で首を百八十度回転させた。

 その赤い瞳と、目が合う。


 ゾクリと、心臓が凍りついた。

 知っている。あの目を知っている。


『……また、あなたなの』


 無線越しではない。

 直接脳に響くような、無機質で、けれど酷く悲しげな「歌」が聞こえた気がした。


「エルゼ……! そこにいるのか、エルゼ!」


 俺は叫んだ。

 黒い竜が、ゆっくりと巨体を反転させる。

 炎上する都市を背に浮かぶその姿は、かつて俺が憧れた気高い王女ではなく、地獄から這い出てきた死神そのものだった。


『退きなさい、カイル。……これ以上、私にあなたを殺させないで』


 警告と共に、黒い竜の翼が展開する。

 膨大な魔力が収束し、周囲の大気がビリビリと震え始めた。

 対話など求めていない。

 あれは、殲滅するための構えだ。


 俺は唇を噛み切り、血の味と共に覚悟を決めた。


「退くわけにはいかない……! お前を止めるまでは!」


 蒼い翼と黒い翼。

 二つの竜が、煉獄の空で再び激突した。


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