第18話 鋼鉄の暴風
大陸暦一〇二四年、冬。
帝國軍参謀本部は、アトラス大陸全土を制圧するための最終作戦『大攻勢』を発動した。
それは、戦術や戦略と呼ぶにはあまりにも一方的な、ただの「災害」だった。
◇
西方空域の要衝、城塞都市アイギス。
断崖絶壁の上に築かれ、数百年もの間、難攻不落を誇った石造りの都市。
だが、その日。
都市の防衛司令官は、執務室の窓から空を見上げ、震える手でワイングラスを落とした。
「……空が、落ちてくる」
視界の全てが、鉄と鋼で埋め尽くされていた。
雲海を割って現れたのは、帝國軍第一、第二、第三航空艦隊の合同主力群。
全長数百メートル級の超弩級空母が十隻。巡洋艦が五十隻。
そして、その周囲を埋め尽くす数千の飛竜部隊。
太陽の光が遮られ、都市に巨大な影が落ちる。
エンジンの轟音だけで、窓ガラスがビリビリと悲鳴を上げ、市民たちの鼓膜を圧迫した。
「総員、対空戦闘用意ッ! 撃て! 撃ち落とせェェッ!」
司令官の絶叫と共に、都市の各所に設置された対空魔導砲が一斉に火を噴いた。
無数の光弾が空へ吸い込まれていく。
だが、帝國艦隊は動じない。
分厚い魔力障壁が光弾を弾き返し、まるで小雨の中を散歩するかのように前進を続ける。
『――目標、城塞都市アイギス。座標固定』
上空、帝國艦隊の旗艦ブリッジ。
総司令官は、眼下の都市をゴミでも見るような目で見下ろしていた。
『全艦、砲門開放。……更地にせよ』
無慈悲な号令。
次の瞬間、空が紅蓮に染まった。
数千の砲門から放たれた焼夷魔弾の雨が、物理的な豪雨となって都市へ降り注ぐ。
石造りの城壁が飴細工のように溶解した。
尖塔がへし折れ、市街地が一瞬で炎の海に変わる。
逃げ惑う人々の悲鳴も、祈りの言葉も、すべては爆音にかき消された。
それは戦争ではなかった。
ただの駆除作業だった。
◇
燃え上がる都市の上空を、悠然と旋回する一隻の特務艦があった。
その艦橋で、ヴォルゴフ少佐は満足げに眼下の地獄を眺めていた。
彼の横には、技術局のマルサス博士も並んでいる。
「素晴らしい火力だ。だが、少し大味すぎるねえ」
「数による制圧こそが帝國の正義だ。……だが、貴様の『玩具』のテストフィールドとしては、少し騒がしすぎるか?」
ヴォルゴフが問うと、マルサスはヒヒッと喉を鳴らした。
「問題ないさ。むしろ、このカオスこそが最高のステージだよ。……準備はいいかね?」
マルサスが手元の通信機に語りかける。
繋がっている先は、艦の最深部にある、厳重に封印された格納庫だ。
『特務少尉エルゼ。……聞こえるか?』
ノイズの混じった、重苦しい沈黙が返ってくる。
やがて、氷のように冷たく、けれど煮えたぎるマグマのような熱を孕んだ女の声が響いた。
『……聞こえているわ』
『出番だ。残存戦力の掃討を行い、我らが最高傑作の性能を世界に見せつけてやりたまえ』
その命令に対し、彼女は短く答えた。
『了解。……全て、壊せばいいのね』
直後、特務艦のカタパルトから、漆黒の影が解き放たれた。
炎上する都市の煙を切り裂き、黒き災厄が戦場へと舞い降りる。
大攻勢の裏で、本当の悪夢が始まろうとしていた。




