第17話 墜ちた鷹の誓い
左足の感覚がない。
いや、正確には「膝から下が存在しない」という事実を、脳がまだ拒絶しているのだ。
西方の深い森、レジスタンスの隠れ家である地下壕。
湿った土の匂いの中で、俺――カイルは、義足のベルトをきつく締め上げた。
「……ッ、ぐぅ」
切断面が悲鳴を上げる。
粗悪な鉄パイプとバネで作られた急造品の義足だ。歩くたびに肉に食い込み、油と血が滲む。
だが、歩けなければパイロットは廃業だ。
「無理をするな、カイル。傷口が開くぞ」
声をかけてきたのは、レジスタンスのリーダーである隻眼の男、ガロードだった。
彼は地図が広げられた作戦テーブルの上で、渋い顔をしている。
「……俺は飛べます。飛んでみせる」
「飛べるかどうかの話じゃない。相手の話だ」
ガロードが一枚の不鮮明な写真をテーブルに投げ出した。
帝國軍の通信を傍受して手に入れた画像らしい。
そこに写っていたのは、黒い悪魔だった。
通常の竜よりも巨大な体躯。半分以上が機械化された異形の翼。
そして、その周囲に散らばる、味方だった竜騎士たちの無惨な残骸。
「『黒い災厄』。帝國が投入した新型だそうだ。……北の偵察部隊が、わずか三分で全滅した」
俺はその写真に見入った。
画質の悪い写真だが、俺には聞こえる気がした。
その黒い装甲の中で響く、パイロットの悲痛な叫び声が。
「……乗っているのは、エルゼですね」
「ああ。通信解析の結果、声紋が一致した。かつてのシルヴァの王女、今は帝國の魔女だ」
ガロードが吐き捨てるように言う。
周囲の兵士たちからも、憎悪のこもった囁きが漏れる。
「裏切り者」「売国奴」「悪魔」。
彼らにとってエルゼは、もはや倒すべき仇敵でしかない。
だが、俺は違った。
右手が、無意識に胸のポケットを探る。そこには、墜落した際にコクピットの破片で切れた、古いお守りが入っている。
(……なぜ、あの時俺を殺さなかった?)
『雷雲の回廊』での戦い。
彼女は俺の心臓を狙えたはずだ。なのに、正確に翼の付け根だけを撃ち抜いた。
まるで「生きろ」と言うように。
そして、今のこの黒い竜。
写真から伝わってくるのは、勝利の凱歌ではない。
自分自身を燃やし尽くして悲鳴を上げている、断末魔の気配だ。
「……ガロード隊長。次の作戦、俺を前線に出してください」
「馬鹿を言え。片足のパイロットに何ができる」
「片足だからこそ、できる操縦があります。……それに」
俺は義足で床を強く踏みしめ、痛みを怒りと決意に変えた。
「あいつを……エルゼを止めるのは、俺の役目だ。あいつが本当に魂まで帝國に売ったのか、それとも何か理由があって狂った振りをしているのか。……この目で確かめるまでは、死ねません」
ガロードは俺の目をじっと見つめ、やがて大きなため息をついた。
「……整備班に、お前の蒼い竜の修理を急がせている。ペダル操作系を義足用に改造中だ」
「感謝します」
「死ぬなよ、カイル。空で待っているのは、もうかつての幼馴染じゃない。化け物だ」
俺は無言で頷き、足を引きずりながら地下壕を出た。
見上げた空は、木の葉の隙間から灰色に澱んで見えた。
待っていろ、エルゼ。
次こそは逃がさない。
たとえその黒い翼ごと、お前を地獄へ叩き落とすことになったとしても。
俺は空に向かって、静かに誓いを立てた。




