第165話 王の威厳、獣の爪
ズドォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!!
光の奔流が、帝宮の上層部を消し飛ばして空の彼方へと突き抜けた。
黒と金が混じり合った、混沌のブレス。
それは直撃した雲を一瞬で蒸発させ、大気圏外まで届くほどの熱量を撒き散らした。
「ハァ……ハァ……ッ!」
アヴェンジャーの口から、どす黒い煙が漏れる。
炉心が悲鳴を上げている。
他人のエネルギーを無理やり飲み込み、自分の出力と混ぜて撃ち出すなんて、機械としてあり得ない挙動だ。
パイプというパイプが破裂し、コクピット内にも灼熱の蒸気が充満している。
けれど、私の目は爛々と輝いていた。
見たか。
神様の「理」なんて、食い破れるんだ。
『……馬鹿な』
煙の向こうから、震える声が聞こえた。
カイザー・ジークフリート。
黄金の神は、まだ空中に留まっていた。
だが、その姿は先ほどまでの威厳とは程遠い。
左半身の装甲が融解し、美しい光翼の3枚が消滅していた。
全身から火花を散らし、黒く焦げた黄金の巨像。
それは、初めて「痛み」を知った子供のように、呆然と自分の傷を見下ろしていた。
『私の……計算が……。
物理法則の改変、空間座標の固定……すべて完璧だったはずだ。
なぜ、たかが鉄屑の熱量ごときで、この絶対防御が破られる!?』
「計算? 法則?」
血の味がする。鼻からも耳からも血が流れている。
神経接続の負荷で、私の脳味噌も焼き切れそうだ。
でも、最高に気分がいい。
「そんなもの、食事の前じゃ関係ないわよ。
美味しかったわ、貴方の『光』」
『き、貴様……ッ!!』
カイザーが顔を上げ、私を睨みつけた。
その仮面の奥にある瞳が、初めて「恐怖」ではなく「憎悪」に染まる。
『下等生物が……!
神聖なる進化の儀式を、泥足で汚しおってッ!!』
ブゥンッ!!
カイザーの残った右手が天を掴む。
瞬間、周囲の空間が赤黒く変色した。
『遊びは終わりだ。
そのふざけた口を、永遠に閉ざしてやる!!』
ズズズズズズズッ……!!
帝都の空全体が軋んだ。
重力波? いや、違う。
これは、もっと根源的な「否定」だ。
「カイル! 来るわよ!」
『おうッ! 全方位警戒!
……おい、なんだこりゃ!?
レーダーが真っ赤だ! 空気が……固まってやがる!?』
カイルの悲鳴と共に、アヴェンジャーの動きが止まった。
見えない枷ではない。
周囲の大気が、コンクリートのように硬質化し、物理的に私たちを閉じ込めたのだ。
窒息するような圧迫感。
『事象凍結。
この空間の分子運動を停止させた。
お前はもう、指一本動かせん。琥珀の中の虫のように、そこで朽ち果てるがいい』
カイザーが冷酷に告げ、ゆっくりと右手に光の剣を生成する。
動けない標的に対する、処刑の一撃。
「くっ……ぐぅぅぅ……ッ!!」
動かない。
スラスターを噴かしても、空気が壁となって推力を殺してしまう。
これが神の力。
世界のルールそのものを書き換える権能。
『サヨナラだ、エルゼ。
来世では、もう少し賢く生まれてくることだな』
カイザーが光の剣を振り上げた。
巨大な光の刃が、天から降り注ぐ断頭台となって迫る。
終わり?
ここで?
理屈で固められて、動けなくなって、あいつの書いたシナリオ通りに死ぬの?
(……嫌だ)
私の奥底で、竜が吼えた。
理屈なんてどうでもいい。
空気が固いなら、砕けばいい。
空間が止まっているなら、無理やり動かせばいい。
「……動けッ!!」
私は、自分の心臓を握り潰すような勢いで、魔力を送り込んだ。
アヴェンジャーのフレームが赤熱する。
関節部から火花が散り、強制冷却剤が白煙となって吹き出す。
「お前は鉄屑じゃない!
お前は……私の翼だッ!!」
ドクンッ!!!!!
アヴェンジャーの炉心が、限界を超えて鼓動した。
赤熱したフレームが、さらに青白く変色する。
オーバーロード。
機体が溶け落ちる寸前の、破壊的なエネルギーの奔流。
パリンッ……!!
音がした。
世界の法則にヒビが入る音。
『な……!?』
カイザーが目を見開く。
凍結されたはずの空間に、亀裂が走っていた。
アヴェンジャーが、力任せに「固まった空気」をへし折ったのだ。
「うおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」
私は咆哮した。
バギィィィンッ!!
空間が砕け散る。
解き放たれた黒い獣は、降り注ぐ光の断頭台へ向かって、真っ直ぐに跳んだ。
『馬鹿なッ!? 事象凍結を……物理的な力だけで粉砕しただと!?』
「理屈っぽい男は嫌われるって言わなかった!?」
私は光の剣を、アヴェンジャーの右腕――鋭利な竜の爪で受け止めた。
ジュウゥゥゥゥッ!!
装甲のないフレームが焼ける。
熱い。痛い。
でも、止まらない。
「オラァッ!!」
私は爪を振るった。
光の剣ごと、カイザーの剣閃を弾き飛ばす。
無防備になった神の胴体。
そこへ、アヴェンジャーの長い尾を叩き込む。
ドゴォォォォォンッ!!
『がはッ……!?』
カイザーが「く」の字に折れ曲がった。
黄金の腹部装甲が砕け、破片が飛び散る。
『おのれ……おのれぇぇぇぇッ!!』
カイザーが激昂し、乱雑に光弾を放つ。
もう「神の威厳」などない。
ただの、追い詰められた猛獣の足掻きだ。
私はそれを、紙一重で躱し、懐へと潜り込む。
近い。
あいつの顔が、目の前にある。
「チェックメイトよ、皇帝陛下」
私はアヴェンジャーの左腕を突き出した。
狙うのは、その無機質な仮面。
ガシィッ!!
爪が、カイザーの顔面を鷲掴みにした。
『は、離せッ! 貴様、何をする気だ……!?』
「顔を見せなさいよ。
神様気取りの裏で、どんな泣きっ面をしてるのか……!」
私はスロットルを全開にした。
アヴェンジャーの推進力と、私の腕力をすべて一点に集中させる。
メキメキメキメキッ……!!
黄金の仮面に亀裂が入る。
悲鳴のような金属音が響き渡る。
『やめろ……やめろおおおおおおおッ!!』
皇帝の絶叫。
その声は、もはや人間のそれですらなかった。
まるで、千人の亡者が同時に叫んでいるような、不協和音の集合体。
「剥がれろォォォォォォッ!!」
バギィィィィィィンッ!!!!!
砕け散った。
黄金の仮面が粉々になり、破片となって空に舞う。
そして、その下に隠されていた「素顔」が白日の下に晒された。
「……は?」
私は動きを止めた。
アヴェンジャーの動きさえ、一瞬凍りついた。
そこには、顔がなかった。
カール・フォン・ギルベルトの顔ではない。
目も、鼻も、口もない。
ただ、黒い渦のような「穴」がぽっかりと空いていて、その奥に無数の人間の顔が浮かんでは消え、苦悶の表情を浮かべていた。
『ああ……あああ……見られた……。
私の……私の集合無意識を……』
穴の中から、無数の声が重なって響く。
男の声、女の声、老人の声、子供の声。
帝國がこれまで犠牲にしてきた、数え切れないほどの人々の魂。
それらが一つに溶け合い、皇帝という「器」を形成していたのだ。
『……許さん。
見たな。見たな見たな見たなッ!!』
黒い穴が激しく脈動する。
皇帝の体が膨張を始めた。
黄金の装甲を内側から食い破り、黒い触手のような影が溢れ出してくる。
「カイル……これって」
『……洒落になんねえな。
あいつ、人間じゃねえ。
帝國そのものが……死人の怨念の塊だったってことかよ』
背筋が凍るような気配。
神々しい黄金の鎧の下に詰まっていたのは、腐敗した呪いだった。
――けれど。
不思議と、恐怖は消えていた。
「なんだ」
私は、アヴェンジャーの爪についた黄金の破片を振り払った。
「神様なんかじゃなかったんじゃない。
ただの『お化け』なら……祓うのは簡単よ」
私は構え直した。
黒い竜が、更なる戦意を込めて唸りを上げる。
相手が何であろうと関係ない。
ここで叩き潰して、終わらせるだけだ。




