第164話 神喰らい
ガリガリ、グシャアアアアッ……!!
耳障りな咀嚼音が、帝宮の静寂を食い荒らしていた。
美味い。
アヴェンジャーの顎を通じて、私の脳髄に直接流れ込んでくる感覚。
それは金属の味ではない。
最高純度の魔素。
神の血肉とも呼べる高密度のエネルギーが、私の乾いた喉を潤していく。
『き、さま……ッ!!』
カイザー・ジークフリートが、初めて感情を露わにして後退した。
黄金の左腕。
「空間断絶」という絶対防御で守られていたはずの神の四肢が、肘から先を失っていた。
断面からは金色の粒子が噴き出し、美しい宮殿の床を汚している。
『私の腕を……! 下等な獣風情が、神の身体を食らったというのか!?』
カイザーの声に混じるのは、痛みよりも屈辱。
完璧な黄金比が崩されたことへの、生理的な嫌悪感。
「……足りない」
私は、アヴェンジャーの口からこぼれる黄金の光を舐め取った。
足りない。もっとだ。
腕一本じゃ腹の足しにもならない。
あいつの全部を喰らい尽くしたい。
『グルルルルルルゥゥゥ……ッ!!』
私の思考に呼応し、アヴェンジャーが喉を鳴らす。
装甲を捨て、黒い骨格だけになった身体。
背中から噴き出す重力波が、ボロボロの翼のように渦を巻き、私を宙へと押し上げる。
もう、操縦桿なんて握っていない。
私の神経は機体の隅々まで行き渡り、私の脊髄がアヴェンジャーの竜骨と繋がっている。
『……狂ったか、エルゼ。
機体と融合するなど……自我が崩壊するぞ!』
カイザーが右手を掲げる。
その掌に、再び原子崩壊の輝きが収束する。
『汚らわしい。
その歪な存在ごと、歴史から消し去ってくれる!』
カッ――――――――!!
閃光。
光の速さで迫る熱線。
だが、今の私にはそれが「止まって」見えた。
(……遅い)
思考するより先に、身体が弾けた。
壁を蹴る。
天井を蹴る。
重力そのものを足場にして、三次元的に跳ね回る。
ジュッ、ジュワァッ!!
熱線が私の残像を焼き、宮殿の柱を蒸発させる。
当たらない。
あいつの攻撃は「点」だ。
予測して狙う精密射撃。
けれど、獣の動きに論理なんてない。
『チッ……! チョコマカと!』
カイザーが苛立ち、光翼を広げた。
全方位爆撃。
無数の光弾が雨のように降り注ぐ。
「カイル! 目を覚ましなさい!」
私は炉心の奥へ向かって叫んだ。
私の意識の深淵、システムの中に眠る相棒へ。
『……う、うぅ……ッ!?』
ノイズ混じりの声が返ってくる。
生きてる。
『なんだ……こりゃあ……!?
俺は……死んだのか?
地獄に来ちまったのか……?』
カイルの意識が覚醒した瞬間、機体の反応速度が跳ね上がった。
彼が驚愕しているのが分かる。
モニターも計器も死んでいるのに、機体が生き物のように脈動していることに。
「地獄なんて生温い場所じゃないわよ!
ここは食卓の席!
さっさとナイフとフォークを持ちなさい!」
『ハッ……! そういうことかよ!
テメェ、とんでもねえことしやがる!
安全装置どころか、OSごと書き換えてやがる!』
カイルが私の意図を理解し、即座にサポートに回る。
彼の役割は「制御」ではない。
暴走する私の「加速」だ。
4つの心臓の出力を、限界を超えて引き出すためのアクセル。
『面白ぇ! やってやるよ!
ブレーキなんざ最初からねえ! 全部燃やし尽くせ、エルゼ!』
ドォォォォォォォォォンッ!!!!!
アヴェンジャーが加速した。
光の雨の中を、黒い稲妻となって突き進む。
被弾? 関係ない。
骨格が削れようが、オイルが噴き出そうが、止まらなければ「死」ではない。
『なッ……!? 防御もせずに突っ込んでくるだと!?』
カイザーが迎撃の体勢を取る。
遅い。
神様は判断が慎重すぎる。
自分の体に傷がつくのを恐れている。
そこが、泥水をすすって生きてきた私たちとの決定的な差だ。
「いただきまぁぁぁぁすッ!!」
ガギィィィィィンッ!!
再び激突。
アヴェンジャーの前脚の爪が、カイザーの胸部装甲に食い込む。
障壁が割れる音。
ガラスが砕けるように、神の絶対防御が剥がれ落ちる。
『離れろッ! この汚物がッ!』
カイザーが残った右手で、アヴェンジャーの頭部を殴りつける。
メキメキッ!
頭蓋骨が歪み、視界の半分がブラックアウトする。
痛い。脳が揺れる。
でも、離さない。
噛みついた獲物は、肉を引きちぎるまで離さないのが獣の流儀だ。
「離すもんですか……ッ!」
私は、更に力を込めた。
ギリギリギリギリ……ッ!
カイザーの胸板が悲鳴を上げ、黄金の装甲に亀裂が走る。
『貴様……私の心臓を狙っているのか!?』
「当たり前でしょ!
一番美味しそうなところを喰わなきゃ、御馳走様は言えないわ!」
至近距離。
カイザーの仮面の奥にある瞳が、恐怖に揺らいだのが見えた。
神が、恐れている。
理屈の通じない蛮族を。
『……認めん。
このような……品のない捕食など、進化ではないッ!!』
ズオォォォォォォッ!!
カイザーの全身から、光が溢れ出した。
拒絶の光。
熱量ではない。純粋な魔力の圧力が、噛みついた私たちを弾き飛ばそうとする。
『消え去れッ!! 「創世の光」!!』
ゼロ距離からの最大出力放射。
回避不能。
まともに食らえば、アヴェンジャーの骨格ごと蒸発する。
「カイル! 全部吸い込むわよ!」
『おうよ! 腹壊しても知らねえぞッ!
コード・グラトニー(暴食)……解放ッ!!』
私は、アヴェンジャーの喉を限界まで開いた。
防御なんてしない。
その光も、エネルギーも、すべて私の糧だ。
ガブゥッ!!!!!
アヴェンジャーが、放たれた光の奔流に噛みついた。
焼ける。
口の中が、食道が、胃袋が、ドロドロに溶けるような熱さ。
けれど、飲み込む。
神の怒りを、神の力を、すべてこの身に取り込んで、自分の力に変える。
『な……!? 光を……喰っている……!?』
カイザーが愕然と呟く。
あり得ない光景。
必殺の光線を、黒い竜が頭から飲み込んでいるのだから。
「……ごちそうさま」
ゲフッ。
アヴェンジャーの口から、黒い煙が吐き出された。
炉心温度、計測不能。
エネルギー充填率、1200%オーバー。
私の体の中で、奪った力が暴れ回っている。
熱い。力が溢れて止まらない。
アヴェンジャーの背中の重力翼が、黄金色に輝き始めた。
奪った神の力だ。
「さあ、お返しするわ」
私は、ドロドロに溶けたアヴェンジャーの口を、再びカイザーに向けた。
今度はこっちの番だ。
『……っ!』
カイザーが後退る。
遅い。
もう、ターゲットはロックした。
「神様なら、これくらい耐えてみなさいよッ!!」
ズドォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!!
咆哮と共に吐き出されたのは、黒と金が混じり合った混沌のブレス。
神の力と竜の力が融合した、規格外の一撃が、帝都の空を切り裂いた。




