第16話 代償と副作用
帰投した瞬間、私はコクピットの中で盛大に吐血した。
「ガハッ……、はぁ、はぁ……」
真っ赤な血が、黒いコンソールパネルを汚す。
接続ケーブルが自動的に外れると、糸が切れた人形のように身体から力が抜けた。
指先が震えて止まらない。
鏡を見なくても分かる。私の顔は今、死人よりも青白く、そして瞳だけが異様に爛々と輝いているはずだ。
「ブラボー! 素晴らしい! 完璧だよ、魔女くん!」
キャノピーが開くと、マルサス博士が拍手をしながら駆け寄ってきた。
整備兵たちが、遠巻きに畏怖の眼差しを向けている。
彼らが見ているのは、私ではない。私が乗っている「化け物」だ。
「敵の殲滅速度、魔素変換効率、どれも理論値を上回っている! これなら『大攻勢』にも間に合うぞ!」
「……うる、さい」
私はふらつく足でタラップを降りた。
地面が揺れている気がする。
いや、私の感覚がまだ機体と混線しているのだ。遠くのエンジンの音が、自分の心臓の音のように聞こえる。
「あらら、消耗が激しいねえ。すぐにメディカルチェックを受けたまえ。君は貴重な生体パーツなんだから」
マルサスが白々しく言う。
私は彼の横を通り過ぎる時、睨みつける気力もなく、ただ一つだけ問いかけた。
「……妹の治療費は、振り込まれるんでしょうね」
「もちろんさ! 君が血を吐いた分だけ、妹君の命は輝く。等価交換だよ」
私はその言葉を背中で受け止め、医務室へと足を向けた。
廊下の窓ガラスに、自分の姿が映る。
右手の指先が、黒く変色していた。
壊死ではない。魔素侵食による色素沈着――竜化現象の初期症状だ。
私はそれを隠すように、軍手袋をきつく締め直した。
(あと、どれくらい……)
あと何回乗れば、私は人間でなくなるのか。
あるいは、その前に燃え尽きるのか。
どちらにせよ、後戻りなどできない。
私はポケットの中にある、妹のリズがくれた刺繍入りのハンカチをそっと握りしめた。
それだけが、今の私を繋ぎ止める唯一の楔だった。
――その頃。
遥か西方、レジスタンスの隠れ潜む森の中で。
一人の男が、空を見上げていた。
片足を失い、杖をついた元騎士。
カイルは、風に乗って運ばれてきた微かな「不協和音」に耳を澄ませ、険しい表情で呟いた。
「……エルゼ。お前は一体、何になったんだ」




