第158話 四つの鼓動
ジュワァァァァァッ!!
ガブリエルの心臓――青白く脈打つ冷たい球体を、アヴェンジャーの胸部装甲の裂け目へと押し込んだ。
瞬間、猛烈な冷気が走り、私の指先まで凍りつかせようとする。
『や、やめろ……! 混ぜるな!
火と水と風と重力……そんな相反する力を一つの器に入れたら、対消滅を起こして消し飛ぶぞ!』
ガブリエルのパイロットが、引き裂かれた機体の中で絶叫する。
常識で考えればその通りだ。
けれど、アヴェンジャーの胸の中では、まったく別の現象が起きていた。
ドクンッ……ドクンッ……。
ウリエルの「熱」が暴走しようとするのを、ガブリエルの「冷気」が瞬時に抑え込む。
ラファエルの「風」が、その温度差(対流)を推力へと変える。
ミカエルの「重力」が、それら全てのエネルギーを圧縮し、逃さないように閉じ込める。
キィィィィン……。
甲高い駆動音が、深く、静かな和音へと変わった。
『……信じられねえ』
カイルが、浸水したモニターを呆然と見つめていた。
水没しかけていたコクピットの水が、引いていく。
いや、排水されたのではない。
機体が水を「吸収」し、循環システムの一部として取り込んだのだ。
『出力係数、測定不能。
熱暴走の危険性、ゼロ。
……冷却液の心配は、もう永遠にいらねえ』
カイルの声が震えていた。
ウリエルがどれだけ燃えても、ガブリエルが海そのものを冷媒として供給し続ける。
ラファエルがそれを循環させ、ミカエルが制御する。
完全なる永久機関。
星の環境そのものを動力源とする、究極の捕食形態。
「……温かいわ」
私は深く息を吐いた。
凍えていた体が、芯から満たされていく。
4つの心臓が、それぞれ違うリズムで、けれど完璧な調和を持って私の鼓動とリンクしていた。
「ありがとう、ガブリエル。
貴方のおかげで、私はもう溺れない」
私は、足元に転がるガブリエルの残骸を見下ろした。
心臓を抜かれた彼は、ただの巨大な鉄屑となり、深海の圧力に負けてゆっくりとひしゃげ始めていた。
『ば、化け物め……。
貴様は……もはや竜騎兵ではない。
ただの、災厄だ……』
ガブリエルの最期の通信が途絶える。
ズズズ……と、その巨体は泥の中へと沈んでいった。
私は顔を上げた。
頭上には、1万メートルの海水と、その向こうにある空。
重い。暗い。
けれど、今の私には、それが心地よい布団のように感じられた。
「……カイル。行きましょう」
『ああ。どこへだ?』
「地上へ。
……全部揃ったわ。
これで、あいつに会いに行ける」
ズオォォォォォォッ!!!!!
アヴェンジャーが膝を屈め、海底を蹴った。
スラスターはいらない。
重力制御と、海水の爆発的な膨張圧力。
私たちは、深海の闇を切り裂く一筋の流星となって、一気に海面を目指して急浮上した。




