第155話 凍てつく棺
ジュワアアアアッ……。
海底を揺るがした水素爆発の熱は、永遠に続くかのような深海の冷気によって、またたく間に奪い去られた。
沸騰していた海水は一瞬で氷点下近くまで戻り、私たちの周りに漂っていた気泡も、水圧によって押し潰されて消滅していく。
『……寒い』
私は身震いした。
コクピット内の気温が、急激に下がっている。
ウリエルの炉心が赤熱しているはずなのに、外壁から伝わる冷気がそれを上回っているのだ。
装甲の隙間から、ミシミシと氷が張るような音が聞こえる。
『警告。機体各部、凍結開始。
関節駆動系、応答なし。
……ダメだ、エルゼ。熱量が足りない』
カイルが青ざめた顔でモニターを見つめる。
ラファエルは壊れ、ウリエルはガス欠寸前。
アヴェンジャーは、ただの冷たい鉄塊になりつつあった。
『理解したか? 陸の者よ』
ガブリエルが、ゆっくりとこちらへ向き直った。
腹部の焦げ跡が痛々しいが、その青い光は変わらず冷徹に輝いている。
『貴様らが起こした爆発など、この広大な海にとっては、マッチ一本の火遊びに過ぎない。
……海は、すべてを飲み込み、冷やし、沈黙させる』
ゴゴゴゴゴゴ……ッ。
ガブリエルの周囲の水流が、再び渦を巻き始めた。
今度は、先ほどのような単純な水流ではない。
彼の巨体そのものが回転し、巨大なドリルとなって海水を巻き込んでいる。
『深海の抱擁を受け入れろ。
その熱も、命も、すべて海の一部となるがいい』
ズズウゥゥゥンッ!!!!!
ガブリエルが突進してきた。
回避しようにも、ラファエルの推進力はなく、足は泥に埋まり、関節は凍りついている。
逃げ場はない。
「……動いてッ!」
ガキンッ!!
私がレバーを引いても、アヴェンジャーの腕はわずかに動いただけで、氷の鎖に縛られたように止まってしまう。
ドガアアアアアアアッ!!!!!
ガブリエルの巨体が、アヴェンジャーの正面から激突した。
衝撃などという生易しいものではない。
山脈が動いてぶつかってきたような、絶対的な質量の暴力。
バキバキバキッ!!
胸部装甲がひしゃげ、肋骨フレームがへし折れる音が響く。
私たちはそのまま、ガブリエルの巨体に押し込まれ、背後の海底岩盤へと縫い付けられた。
『終わりだ』
ガブリエルはアヴェンジャーを岩壁に押し付けたまま、さらに推力を増した。
ギリギリと機体が軋む。
コクピットが圧迫され、強化ガラスの亀裂が蜘蛛の巣のように広がっていく。
「ぐっ……ぅ……!」
息ができない。
肺が潰されそうだ。
カイルも苦しげに呻き声を上げ、意識を失いかけている。
冷たい。重い。暗い。
これが深海。
光も熱も届かない、死の世界。
『さあ、眠れ。
冷たい棺の中で、永遠に』
ガブリエルの青い光が、眼前で揺らめく。
私の視界が、酸欠で白く霞んでいく。
風は死んだ。火も消えそうだ。
残っているのは……。
(……まだ、ある)
私は薄れゆく意識の中で、アヴェンジャーの胸の奥で、まだ静かに回っている「最後の心臓」の音を聞いた。
風でも、火でもない。
この深海という場所で、唯一、水圧に対抗できる力。
(ミカエル……)
重力。
すべてを押し潰すのが海の重さなら、それを操る力だけが、この棺をこじ開けられる。




