第153話 深海の檻
ズドオオオオオオオッ!!!!!
アヴェンジャーの胸部から噴射された超高圧水流が、深海の闇を切り裂き、ガブリエルの巨体へと突き刺さった。
水中で水を撃つ。
地上なら滑稽にも思えるその行為は、この1000気圧の世界では、岩盤をも穿つ物理的な破壊槍と化していた。
ボコォッ!!
水流がガブリエルの展開する音波の壁と衝突し、凄まじい衝撃波が周囲へ拡散した。
海水が瞬時に沸騰し、無数の気泡が生まれては弾ける。
『……やってくれたな』
白い泡の向こうから、ガブリエルの声が響いた。
無傷だ。
いや、機体表面の青いラインが数本、ショートしたように明滅しているが、その巨体は揺るぎもしない。
彼は私の放った水流を、周囲の海水を操作して「受け流した」のだ。
『だが、所詮は鉄砲水だ。
品がない。……それに、自分の首を絞めていることに気づいていないのか?』
「……なんですって?」
私が眉をひそめた直後だった。
バチバチバチッ!!
アヴェンジャーの胸部吸水口から、激しい火花と異音が飛び出した。
機体がガクンと大きく震え、出力が一気に低下する。
『警告! ラファエルのタービン、翼破損!
キャビテーション(空洞現象)だ! 吸い込んだ水の中で気泡が弾けて、ブレードを削り取ってやがる!』
カイルが叫ぶ。
空気用のエンジンで水を無理やり回した代償だ。
水の密度は空気の800倍。
それを音速で回せば、金属疲労どころか、物理的に粉砕されるのは当然の理屈だった。
『海を舐めるな、陸の者よ。
水は柔らかいが、重く、硬い。
貴様らの華奢な玩具で扱える代物ではないのだ』
ガブリエルの青い光が、妖しく輝きを増した。
ゴゴゴゴゴゴ……ッ。
海底の泥が巻き上がり、巨大な渦が生まれ始めた。
私の意思とは関係なく、アヴェンジャーの機体が横倒しにされ、きりもみ回転を始める。
「くっ……! 姿勢制御が……効かない!」
スラスターを吹かしても、プロペラを回しても、水流という巨大なベルトコンベアの上では無意味だ。
私たちは、洗濯機の中に放り込まれたアリのようなものだった。
『沈め』
ガブリエルが短く命じた。
ズンッ!!
上方向から、強烈な水圧がかかった。
逃げ場はない。
アヴェンジャーは海底の岩盤に叩きつけられ、めり込んでいく。
ギシシシシッ!
ミカエルの重力障壁が軋む。
ウリエルの熱膜が薄れる。
冷たい海水が、装甲の隙間から沁み込み、熱を奪っていく。
「寒い……」
私は歯を食いしばった。
あれほど熱かった炉心が、急速に冷えていく。
圧倒的な質量の暴力。
これが、深海の王の力なのか。
抵抗することさえ許されず、ただ冷たい檻の中で圧し潰されるのを待つだけの絶望。
『終わりだ。
静寂の中で、永遠に眠るがいい』
ガブリエルの巨体が、アヴェンジャーの上にのしかかるように降下してきた。
トドメを刺すつもりだ。
その巨大な質量で、私たちを物理的に圧壊させるために。
「……カイル、何か手はないの!?
このままじゃ、本当に缶詰よ!」
『クソッ、ラファエルは使用不能! ミカエルも手一杯だ!
残ってるのは……ウリエルだけだが、この水量じゃ焚き火にもならねえ!』
火は水に勝てない。
それが自然の摂理だ。
けれど。
「……焚き火?」
私は、目前に迫るガブリエルの青い光を見つめながら、ふと口元を歪めた。
焚き火で海は沸かせない。
でも、もしその火が、星の核ほどに熱かったら?
「カイル。……ウリエルのリミッターを解除して」
『はあ!? 自爆する気か!
冷却用のラファエルが死んでるんだぞ!』
「いいからやりなさい!
……水を沸騰させるんじゃない。
水を『分解』するのよ!」
私の狂気に、カイルが一瞬絶句し、それから自棄になったようにキーを叩いた。
『……知らねえぞ! 熱核分解だ!』
ドクンッ!!!!!
死にかけていたウリエルの心臓が、最後の悲鳴を上げて脈打った。




