第151話 深海一万メートル
ギシシシシ……ッ。
アヴェンジャーの装甲が、絶えず悲鳴を上げている。
深度1万メートル。
指先ほどの面積に1トンもの重量がかかる、超高圧の世界だ。
ミカエルの重力制御で機体内部の圧力を押し返し、ウリエルの熱で周囲の海水を蒸発させて「空気の壁」を作っていなければ、私たちは一瞬でプレスされた空き缶のようになっていただろう。
『……限界深度だ。これ以上潜ると、重力炉の出力が水圧に負ける』
カイルの声が、分厚い鉄板越しのように籠もって聞こえる。
ソナーの電子音だけが、規則正しく響いていた。
ピーン……ピーン……。
「暗いわね」
私は、モニターに映る漆黒の闇を見つめた。
アヴェンジャーのセンサーライトですら、数メートル先で闇に飲み込まれてしまう。
ここには何もない。
生物の気配も、流れすらも。
ただ、死のような静寂があるだけだ。
『……いや、何かいるぞ』
カイルが息を呑んだ。
ソナー画面に、巨大な影が浮かび上がる。
岩盤ではない。
ゆっくりと、しかし確実に動いている「山」のような反応。
『前方、距離3000。
……デカい。アヴェンジャーの5倍……いや、もっとあるか?』
「灯りを点けて」
私はウリエルの炉心出力を上げた。
機体周囲の蒸気膜が強く発光し、深海の闇をボゥッ……と照らし出す。
そして、私たちは見た。
海底の泥の上に鎮座する、超巨大な潜水要塞を。
帝國海軍・深海潜行型竜騎兵『ガブリエル』。
人型ではない。
クジラと潜水艦を融合させたような、流線型の巨躯。
その表面には無数の青いラインが走り、呼吸するように明滅している。
『……よく来たな、陸の穢れどもよ』
直接脳内に響くような、重低音の通信が入った。
男の声だ。
だが、それは人間のものではなく、深海の底から湧き上がる地鳴りのようだった。
『空を落とし、地を焼き、次は海か。
……貴様らの飽くなき飢餓には、呆れる他ない』
ズズズズズ……ッ!
ガブリエルの巨体が、ゆっくりと浮上を始めた。
それだけで、周囲の水流が激しく乱れ、アヴェンジャーを包む蒸気の膜が揺らぐ。
「……随分と大きな図体ね。動きが鈍そう」
私は挑発するように笑ったが、額には冷たい汗が流れていた。
直感で分かる。
この大きさは、ただの飾りではない。
この海そのものを質量兵器として操るための、巨大な「ポンプ」なのだ。
『鈍重? 違うな。
海において、大きさとは即ち「強さ」だ』
ガブリエルの青いラインが一斉に輝いた。
『水圧の檻の中で、己の小ささを知るがいい』
ドォォォォォンッ!!!!!
攻撃ではなかった。
ガブリエルがただ「吠えた」だけだ。
超高出力の音波。
水の壁を伝播した衝撃波が、物理的なハンマーとなってアヴェンジャーを直撃した。




