第140話 一番近い場所
ドォォォォン……!
また一発、見えない圧縮空気弾がアヴェンジャーの装甲を叩いた。
機体が揺れる。
足元が崩れ、私たちは崖際へと追い詰められていく。
『……クソッ! 通信ノイズが酷い!
この空域、気圧異常で電波が乱れてやがる……!』
カイルの声がザザッという雑音に埋もれていく。
これでは、彼からの詳細な回避指示も、エネルギー制御も受け取れない。
私は孤立していた。
空からは見えない鉄槌。
背中には重たい鎖。
そして、誰もいない空席。
「……ここまで、なの?」
私が弱音を吐きかけた、その時だった。
キキキキッ!
後方から猛スピードで接近してくる車両の音がした。
バックモニターに映ったのは、カイルの運転する装甲車だ。
彼は退避するどころか、砲撃の雨の中をアヴェンジャーの足元へと突っ込んできた。
「カイル!? 何してるの、死ぬ気!?」
『ハッチを開けろ、エルゼ!』
外部スピーカーから、彼の怒号が飛んできた。
『遠隔操作じゃ話にならん!
俺が乗る! 直接、その「鎖」を制御してやる!』
「バカなこと言わないで!
今のコクピットは50度を超えてるのよ!?
防護服があっても、長時間は持たないわ!」
『お前が一人で焼かれるのを、指をくわえて見てろってのか!
……いいから開けろ! これは俺の弄った機体だ、俺が一番よく知ってる!』
ドンッ!
近くに着弾した衝撃で、装甲車が横転しかける。
もう、議論している暇はない。
「……知らないからね、黒焦げになっても!」
私は舌打ちをして、緊急乗降用のリフトを下ろした。
プシュゥゥゥ……。
白い蒸気が吹き出す中、カイルが分厚い耐熱服を着込んで駆け上がってくる。
ガシュッ。
コクピットハッチが開き、彼が転がり込んできた。
途端に、狭い空間がさらに狭くなる。
けれど、その暑苦しさすら、今の私には救いだった。
「……遅いわよ」
『へっ、待たせたな』
カイルはゼェゼェと荒い息を吐きながら、私の背後のナビゲーターシートに滑り込んだ。
すぐにコンソールにケーブルを繋ぎ、キーを叩き始める。
『冷却拘束具、手動モードへ移行。
循環ポンプ、最大出力!
……コクピット内温度、強制冷却!』
ブオォォォンッ!!
背中の装置が唸りを上げ、冷たい冷媒ガスがシートの周りを循環し始めた。
焼け付くような熱気が、わずかに和らぐ。
いや、それでもサウナのような暑さだ。
けれど、カイルはヘルメットのバイザー越しに、ニヤリと笑ってみせた。
『よし……これで30分は持つ。
その間に、あの空の上の「引きこもり」を引きずり下ろすぞ』
私は口元を緩めた。
一人じゃない。
背中に、この熱を共有してくれる共犯者がいる。
それだけで、アヴェンジャーの重さが半分になった気がした。
「行くわよ、カイル。
私の手綱、しっかり握っていて」
『ああ。暴れろエルゼ。
……後の面倒は、全部俺が見てやる!』
ドクンッ!!
二つの心臓が、歓喜の咆哮を上げた。




