第14話 喰らう獣、ファフニール
帝國技術局・第9開発室。
そこは軍の施設というより、狂人の実験室と呼ぶに相応しかった。
ホルマリン漬けにされた竜の臓器、床を這う無数のケーブル、そして異様な魔素の臭気。
「やあやあ、君が『白銀の魔女』かね! 待ちわびていたよ!」
出迎えたのは、白衣を着た小柄な男だった。
瓶底のような分厚い眼鏡の奥で、瞳が爬虫類のようにぎらついている。
主任技師のマルサス博士。帝國でも悪名高い、生体兵器開発の第一人者だ。
「さあ、見たまえ! これが君の新しい翼だ!」
彼がバッと手を広げた先。
巨大な強化ガラスの向こうに、その機体は鎮座していた。
一言で言えば、それは「異形」だった。
漆黒の装甲に覆われた巨体。
通常の飛竜よりも二回りは大きい。だが、その身体の半分以上が機械化されていた。
右翼は完全に金属製の人工翼。背中には、通常の三倍はある巨大な魔導タービンが、まるで拷問器具のように脊椎に直接埋め込まれている。
「試作戦略竜・零式『ファフニール』。……美しいだろう?」
美しい?
冗談じゃない。それは、竜を素材にして無理やり作り上げた、悪趣味なキメラだ。
「こいつには、最新の『直結式同調システム』を搭載してある。従来の『歌』による共鳴ではない。パイロットの神経と竜の神経を、魔術的に直接接続するのだ!」
マルサス博士が唾を飛ばして熱弁する。
「これにより、反応速度はゼロになる! 君が思った瞬間に機体は動く! だが、その代償として……まあ、少々のフィードバック(痛覚共有)はあるがね」
「……痛覚共有?」
「竜が撃たれれば、君も痛い。竜が疲労すれば、君も疲れる。そして何より――この機体は燃費が悪くてね。動力源として、パイロットの生命力を少々吸い上げる仕様なのだよ」
私は黒い竜を見上げた。
竜の瞳は赤く発光しており、まるで血に飢えた獣のように私を見下ろしている。
乗れば命を削る。
下手をすれば、敵に撃たれる前に、この機体に喰い殺されるかもしれない。
「……拒否権は?」
「ないねえ。君の妹君の治療費、来月から倍になるそうだよ? こいつのテストデータ手当があれば、余裕で払える額だがね」
マルサスが歪んだ笑みを浮かべる。
外堀は埋められていた。
最初から、私にはこの呪われた翼しか残されていなかったのだ。
私はガラスに手を当てた。
黒い竜が、硝子越しに私の体温を感知したのか、低く唸り声を上げた。
「……いいわ。乗ってやる」
私は博士を睨みつけた。
「その代わり、最高性能を約束しなさい。私の歌に耐えられずに壊れるようなガラクタなら、次はあんたをこの中に入れるわよ」
「ヒヒッ! 交渉成立だ。……歓迎するよ、魔女くん。地獄の底へようこそ」
こうして私は、新たな翼を手に入れた。
それは、空を飛ぶための翼ではなく、命を燃やして死を撒き散らすための、漆黒の棺桶だった。




