第138話 冷たい鎖
カン、カン、カン……。
地下貯水槽に、乾いた金属音が響き渡っていた。
カイルがアヴェンジャーの背中によじ登り、巨大な追加パーツを溶接している音だ。
それは、流麗だったミカエルの翼や、力強いウリエルの放熱板とは似ても似つかない、無骨で醜悪な「枷」だった。
『……終わったぞ。試運転だ』
カイルが汗だくで降りてきて、端末のキーを叩いた。
ガシュゥゥン……!
アヴェンジャーの首元から背骨にかけて、太い冷却パイプと強制排熱ダクトの複合ユニットが、蛇のように巻き付いて固定された。
「……重いわね。まるで首輪だわ」
私が不満を漏らすと、カイルはフンと鼻を鳴らした。
『その通りだ。名付けて「強制冷却拘束具」。
お前の炉心が暴走しそうになったら、こいつが強制的に冷却液を注入して、出力を30%まで落とす。
……言っただろ、鎖をつけるって』
私は、モニターに表示された自分の機体ステータスを見た。
今まで赤色に振り切れていた熱量グラフが、青色の安全圏まで無理やり押し下げられている。
体の中の怪物が、窮屈そうに唸り声を上げているのが分かった。
「不自由ね。これじゃあ、全力で走れない」
『走らなくていい。
そいつが外れるのは、お前が次の「餌」を見つけて、それを喰らう瞬間だけだ』
カイルの目は真剣だった。
彼は技術者として、私が自滅するのを防ぐために、あえて私の牙を封じたのだ。
この鎖は、私を生かすための命綱でもある。
「……分かったわ。我慢してあげる」
私がため息をつくと、それを見計らったようにヴァルガスが歩み寄ってきた。
手には一枚の古い衛星写真が握られている。
「首輪がついたなら、散歩の時間だな」
ヴァルガスが写真をモニターに押し付けた。
そこに写っていたのは、雲海の上に突き出た、巨大な塔のような影。
「帝國西部の高地観測所。
そこに、妙な反応がある。熱源はない。魔力反応も希薄だ。
だが……『風』が吹いている」
「風?」
「ああ。上空1万メートル。
常に暴風圏を纏い、地上のあらゆる攻撃を風圧だけで逸らす、空の要塞だ」
ヴァルガスが、その機体のコードネームを口にした。
「帝國軍・超高高度滞空型竜騎兵『ラファエル』。
……癒やしの天使なんて名だが、やってることはえげつない。
奴は地上に降りてこない。雲の上から一方的に監視し、近づくものを風の刃で切り刻む」
私はオッドアイを細めた。
ミカエルの速さも、ウリエルの熱も届かない、遥か天空の支配者。
地を這う「暴食」にとって、これほど相性の悪い相手はいないだろう。
「……空の上にいる引きこもり、ってわけね」
私は背中の「鎖」を意識した。
この冷却装置があれば、あるいは成層圏近くまで飛べるかもしれない。
それに、風。
燃え盛る今の私にとって、それは火を消す敵か、それとも炎を広げるための追い風か。
「いいわ。
その高みの見物を決め込んでいる神様を、地上に引きずり下ろしてあげましょう」
私は操縦桿を握った。
アヴェンジャーが立ち上がる。
首元の冷却ユニットが、ガチリと音を立ててロックされた。
鎖に繋がれた獣が、次なる狩場へと顔を上げる。




