第136話 耐熱境界
真っ白な霧が、視界をすべて奪っていた。
地下貯水槽に充満する、湿度100%の濃密な水蒸気。
数メートル先すら見えないその白い闇の中から、ゴボッ、ゴボッ……と、巨大な釜が煮立つような音が響いている。
カツ、カツ、カツ……。
重苦しい足音が近づいてきた。
霧を割って現れたのは、まるで深海作業用のような、分厚い断熱服に身を包んだカイルだった。
ヘルメットのガラス越しに見える彼の顔は、すでに汗でずぶ濡れだ。
『……クソッ。ここは地獄かよ』
外部スピーカーを通した彼の声は、熱気で歪んで聞こえる。
私はアヴェンジャーの肩の上に座り、沸騰する水面を眺めていた。
私の肌には、水蒸気が心地よいミストのようにまとわりつくが、普通の人間なら数分で脱水症状を起こすサウナ状態だ。
「あら、素敵な宇宙服ね」
『嫌味か。……これ着てなきゃ、お前のそばに寄るだけで黒焦げだ』
カイルは手に持った特殊なスキャナーを、アヴェンジャーの胸板にかざした。
ピピピピ……!
激しい警告音が鳴る。
『表面温度、冷却水中でも300度キープ……。
装甲の分子結合が、熱で緩んでは再結晶化を繰り返してる。
……見てみろ、これ』
カイルが指差した先。
アヴェンジャーの黒い装甲表面には、まるで生き物の血管のように、赤熱したラインが複雑な幾何学模様を描いていた。
金属が「呼吸」しているのだ。
『普通の金属ならとっくに融解してる。
だが、こいつは熱を取り込んで、自分の装甲強度を上げながら進化してやがる。
……自己鍛造だ』
「便利な体じゃない。修理の手間が省けるわ」
『バカ言え。既存の工具が一切通用しねえってことだ』
カイルは腰からスパナを取り出し、試しにアヴェンジャーの装甲に軽く触れさせた。
ジュッ。
接触した瞬間、スパナの先端が赤く焼け、飴のように曲がってしまった。
『……ほらな。ボルト一本締めるのにも、俺たちは命がけだ』
彼は溶けたスパナを放り投げ、ヘルメットの汗を拭う仕草をした。
『エルゼ。お前とこいつは、もう「兵器」の枠を超えちまった。
整備なんて生易しいもんじゃない。
これからは、活火山の火口を管理するようなもんだ』
「……管理、できるの?」
私が問うと、カイルは歪な笑みを浮かべたようだった。
『やるさ。
お前をこんな「化物の檻」に閉じ込めたままにはしねえ。
……俺が、この熱に耐えられる新しい「鎖」を作ってやる』
彼はそう言って、再び白い蒸気の中へと消えていった。
頼もしい背中だ。
けれど、その距離は以前よりも遥かに遠い。
私は一人、沸騰する水音だけが響く地下で、膝を抱えた。
熱い。
体も、機体も、燃えるように熱い。
この熱が冷める日は、私が死ぬ時か、あるいは世界が燃え尽きる時だけなのかもしれない。




