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第134話 帰還不能点



 ズズズンッ……!


 アヴェンジャーがバルデの滑走路に接地した。

 その瞬間、着地地点のアスファルトが焼け爛れ、沸騰したタールのように泡を吹いた。

 タイヤが回る音ではない。

 足裏からの排熱だけで地面を溶解させ、自重で沈み込んでいるのだ。


 早朝の冷気の中、機体の周囲だけが陽炎で揺らいでいる。

 駆け寄ろうとした整備班の数名が、10メートル手前でたじろぎ、顔を覆って後退した。

 近づけないのだ。

 物理的な熱波が、見えない拒絶の壁となって彼らを阻んでいる。


「……降りるぞ、エルゼ」


 カイルの声は硬い。

 プシュゥゥゥ……。

 コクピットハッチが開放される。

 本来なら外の冷たい空気が流れ込んでくるはずだった。

 だが、今の私には外気の冷たさが分からない。

 皮膚の感覚器が完全に麻痺し、内側から燃え盛る二色の炎の温度しか知覚できなくなっている。


 私はシートから体を起こし、タラップへと足をかけた。

 ふらつく体を支えようと、無意識に金属製の手すりを掴む。


 ジュッ。


 嫌な音がした。

 私の指が触れた箇所が、瞬時に赤熱し、飴細工のようにぐにゃりと歪んだ。

 手袋の繊維が焦げ、黒い煙が立ち上る。


「……あら」


 私は焼けた手すりを見つめた。

 痛みはない。

 ただ、事実として突きつけられた。

 今の私は、触れるものすべてを壊してしまう「災厄」そのものなのだと。


 タラップを降りると、ヴァルガスが一人、腕組みをして待っていた。

 他の兵士たちが遠巻きに怯える中、彼だけは脂汗を流しながらも、その場を動こうとしない。

 その視線が、私の顔に釘付けになる。


「……酷い顔色だな」


 ヴァルガスが低く言った。

 無理もない。

 彼の瞳に映る私は、きっと異形の怪物だ。


 右目は、ミカエルの魔力を宿した、氷のように冷徹な蒼。

 左目は、ウリエルの怨嗟を燃やす、溶岩のような紅。

 そして首筋から頬にかけては、青い血管と赤い亀裂が、陶磁器のヒビのように走っている。


「これが私の『素顔』よ、ヴァルガス」


 私はオッドアイの瞳で彼を見据えた。

 以前なら、怪物扱いされることに傷ついたかもしれない。

 けれど今は、胸の奥で唸る二つの心臓が、「それがどうした」と傲慢に脈打っている。


「帝國の最高戦力を二つも喰らったんだもの。

 ただの人間でいられるはずがないわ」


「……そうか」


 ヴァルガスは短く頷き、懐から水筒を取り出して私に放った。

 私はそれを片手で受け止める。


 ジュワァァァッ!!


 受け取った瞬間、金属製の水筒が高熱で変色し、中の水が一瞬で沸騰した。

 飲み口から激しく蒸気が噴き出す。


「……冷たい水は、もう飲めそうにないな」


「ええ。ぬるいくらいが丁度いいわ」


 私は沸騰した水を、何事もなく喉に流し込んだ。

 喉が焼ける感覚すらない。

 熱湯が胃袋に落ちると、体内の炉心が喜ぶようにドクンと鳴った。


 周囲の兵士たちの視線が痛いほど刺さる。

 畏怖。恐怖。そして明確な「断絶」。

 もう、誰も私に触れることはできない。

 肩を叩いて労うことも、握手を交わすことも。


 私は、誰にも触れられない「帰還不能点」を越えたのだ。

 その事実に絶望するよりも先に、私は口元を歪めて笑っていた。


「これでいいわ。

 ……誰にも邪魔されず、敵を殺すことだけに集中できる」


 私の言葉に、ヴァルガスは眉間の皺を深くし、何も言わずに背を向けた。

 その背中は、英雄を迎えるものではなく、制御不能な爆弾を抱え込んだ管理者の、重苦しいものだった。


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