第127話 煉獄の主
ジュウウウウゥゥ……。
着地したアヴェンジャーの足元で、雪解け水が沸騰する音が響く。
外気温はマイナス30度のはずだ。
なのに、広場の空気は陽炎のように揺らめき、センサーが示す気温はすでに40度を超えていた。
『……おいおい、冗談だろ』
カイルが引きつった声を出す。
『まだ何もしてないんだぞ?
ただ、あそこに「居る」だけで、都市の気候を変えてやがるのか』
視線の先。
広場の最奥、司令部庁舎を背にして、巨大な影が佇んでいた。
全高はアヴェンジャーよりも頭一つ分大きい。
スマートで優美だったミカエルとは対照的な、分厚い増加装甲に覆われた無骨なフォルム。
両肩と背中には、巨大な放熱板が翼のように展開され、そこから絶え間なく赤い火の粉と余剰熱を吐き出している。
帝國軍広域殲滅型・重竜騎兵『ウリエル』。
その姿は、騎士というよりは、歩く溶鉱炉そのものだった。
『ようこそ、薄汚いネズミよ』
重低音のノイズ混じりの声が、オープンチャンネルから響いてきた。
厳格で、抑揚のない、神父の説教のような声だ。
『我が兄弟、ミカエルの無念……その薄汚い腹の中から聞こえてくるぞ』
「……兄弟愛ね。泣かせるわ」
私は、コクピットの温度が上昇していくのを感じながら、口角を吊り上げた。
アルノのような子供ではない。
こいつは、自分の強さを完全に理解し、制御している大人の戦士だ。
「それで? 喪に服しているところ悪いけど、貴方もいただいていいのかしら?」
『……下衆が』
ウリエルのパイロット――ゲイルが、侮蔑を隠そうともせずに吐き捨てた。
『神聖なる竜騎兵を共食いし、その血肉で生きながらえる冒涜者。
貴様のような“穢れ”は、この極北の氷ごと焼き尽くして浄化せねばならん』
ガシュゥゥゥゥンッ……!
ウリエルが一歩、前に踏み出した。
その瞬間、背中の放熱板が赤熱し、周囲の空間が一気に赤く染まる。
『懺悔の時間だ、暴食。
灰になるまで祈るがいい』
ボォォォォォォォォッ!!!!!
警告音すら間に合わなかった。
ウリエルの両腕に装備された重火炎放射器から、紅蓮の奔流が放たれた。
それは通常の炎ではない。
魔力によって数千度まで増幅された、岩さえも溶かす「神の炎」だ。
「……ッ!」
視界が真っ赤に塗りつぶされる。
私は反射的にアヴェンジャーの右腕を前にかざし、防御態勢をとった。
ゴオオオオオオオオッ!!
炎の嵐が機体を包み込む。
アヴェンジャーの黒い装甲が、悲鳴を上げてきしむ音がした。
『ぐああぁッ!? あ、熱ぅッ!! 冷却装置が追いつかねえッ!』
カイルが絶叫する。
コクピット内の気温が一瞬で70度を突破した。
断熱材が焼け焦げる臭いが充満し、アラートの赤ランプが視界を埋め尽くす。
(熱い……熱い熱い熱い!)
私の皮膚がチリチリと焼けるような錯覚を覚える。
だが、その激痛と同時に、私の脳髄は涎を垂らしていた。
(――ああ、なんて濃密な!)
この熱量。
ただの燃料じゃない。
高純度の魔力が、炎という形をとって私を包んでいる。
ミカエルの光が「鋭い味」なら、ウリエルの炎は「濃厚で重たい味」だ。
「……カイル、排熱弁閉鎖! 熱を逃がすな!」
『はあ!? 蒸し焼きになるぞ!』
「いいから! ……この熱、全部いただくわ!」
私はスロットルを全開にした。
逃げるのではない。
燃え盛る炎の嵐の中へ、自ら突っ込んでいく。
アヴェンジャーの黒銀の装甲が、炎を浴びて赤く輝き始める。
耐熱限界? 知ったことか。
焼かれる前に喰えばいい。
「いただきまァすッ!!」
炎の壁を突き破り、黒い怪物が煉獄の主へと躍りかかった。




