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第124話 焦熱の予兆



「ウリエル……『神の炎』か」


 私がその名を口にした瞬間、ドクンッ、と胸の奥が跳ねた。

 いや、跳ねたのは私の心臓ではない。

 背後のドックで眠っているはずの、アヴェンジャーの炉心ハートだ。

 遠く離れた兄弟機の気配を、取り込んだ臓器が感知して震えているのだ。


「奴はミカエルのような高機動型ではない」


 ヴァルガスがモニターに荒い設計図を表示させる。

 そこに描かれていたのは、スマートなミカエルとは対照的な、分厚い装甲と巨大な放熱板を背負った重装甲機だった。


「広域殲滅型・重竜騎兵『ウリエル』。

 主兵装は、都市ひとつを灰にする超高温の火炎放射と、着弾地点をマグマに変える熱圧榴弾サーモバリック

 ……近づくことすら困難な『歩く焼却炉』だ」


「焼却炉、ね」


 私は、自分の冷え切った指先をさすった。

 今の私には、その高熱が恋しい。

 アヴェンジャーの黒い体は、常に飢えている。

 ミカエルの光だけでは足りない。もっと熱い、もっと激しいエネルギーを求めて、腹の虫が鳴いている。


「いいわね。ここ最近、少し寒気がしていたところよ」


「……お前、本当にイカれちまったな」


 カイルが呆れたように肩をすくめた。

 だが、その手は既に端末を操作し、寒冷地用の装備リストをチェックしている。


「北都ガレリアまでは、強行軍でも三日はかかる。

 道中は帝國軍の検問だらけだ。空を飛べば目立つし、地を行けば遅い。

 ……どうする?」


「飛ぶわ」


 私は即答した。


「隠れる必要なんてない。

 向こうが『災害』と呼ぶなら、災害らしく堂々と通り過ぎてあげましょう。

 邪魔をするなら、踏み潰すだけよ」


 数時間後。

 私たちは準備を整え、夕闇の中へと飛び立った。


 ブォォォォン……!

 アヴェンジャーの背中の「赤黒い翼」が、重力をねじ曲げて巨体を空へと持ち上げる。

 かつてはエンジンが爆発しそうなほど唸りを上げていた離陸も、今は無音に近い滑らかさだ。


 眼下には、見慣れたバルデの街が小さくなっていく。

 もう、戻ることはないかもしれない。

 感傷? そんなものはない。

 あるのは、北の空から漂ってくる、焦げ付くような「敵」の匂いだけ。


(……待っていなさい、ウリエル)


 私はコンソールを撫でた。

 移植されたミカエルの炉心が、北の方角へ近づくたびに、期待とも恐怖ともつかないリズムで脈打っている。


(お前の兄弟が泣いているわ。

 寂しいでしょう? すぐに一緒にしてあげる)


 コクピットの気温計は、外気がマイナスを示しているのに、50度を超えていた。

 黒銀の怪物は、北へ向かう。

 雪と氷の都を、血と油で汚すために。


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