第123話 指定災害『暴食』
「……おめでとう。昇進だ」
薄暗い作戦室に入ると、ヴァルガスが紙束をテーブルに放り投げた。
それは帝國軍が全土に手配した、最新の「指名手配書」だった。
一番上に、荒い解像度で撮られた写真がある。
夕暮れの空に浮かぶ、黒銀の機体。
背中から禍々しい赤黒い光を噴き出し、帝國艦隊を見下ろす姿は、どう見ても正義の味方ではない。
『指定災害個体コード:Gluttony(暴食)』
『危険度:SS(国家存亡級)』
『交戦規定:発見次第、全戦力を以て殲滅せよ。交渉・捕獲は不要』
「あら、素敵なポートレートね」
私は写真の中の自分を指でなぞった。
かつての「歌姫」の面影は微塵もない。そこに写っているのは、世界を敵に回した魔王の姿だ。
「笑い事じゃないぞ。
SS級認定なんて、過去に例がない。
……帝國は、お前を『反乱軍の兵器』ではなく、『人類の脅威』として認定したんだ」
ヴァルガスが葉巻の煙を深く吐き出す。
その顔には、隠しきれない焦燥があった。
「これでもう、一般の正規軍は近寄ってこない。
代わりに、厄介な連中が動くぞ」
「厄介な連中?」
「『葬儀屋』や『処刑人』のような部隊だけじゃない。
……賞金稼ぎ、狂信者、マッドサイエンティスト。
帝國は、お前の首に天文学的な懸賞金をかけた。
金と名声に飢えた亡者どもが、こぞって『怪物退治』にやってくる」
なるほど。
私は、テーブルの上の手配書を手に取った。
莫大な金額が書かれている。
この首一つで、小国が買えるほどの値段だ。
「楽しみね」
私は無意識に、舌なめずりをした。
味覚は死んでいるはずなのに、想像するだけで喉の奥が熱くなる。
「雑魚の鉄屑には飽きていたところよ。
私を殺しに来るほどの命知らずなら……きっと、すごく『濃い』味がするはずだわ」
「……お前な」
隣で聞いていたカイルが、呆れたように頭を抱えた。
「自分が『狩られる側』だって自覚はあるのか?
世界中が敵に回ったんだぞ」
「逆よ、カイル」
私は手配書をくしゃりと握りつぶした。
紙が裂ける音が、静かな部屋に響く。
「世界中が、私に『ご馳走』を運んできてくれるのよ。
向こうから来てくれるなら、探す手間が省けるじゃない」
狂っている。
自分でもそう思う。
けれど、アヴェンジャーの炉心と同化した私の本能は、恐怖よりも食欲を優先していた。
もっと強い奴を。
もっと硬い装甲を。
もっと純度の高い魔力を。
ヴァルガスは沈黙し、やがて短く溜息をついた。
「……毒を食らわば皿まで、とは言ったが。
まさか皿ごとテーブルまで食い尽くすとはな」
彼は立ち上がり、壁の地図を指し示した。
「いいだろう。望み通り、極上の『獲物』を用意してやる。
……帝國の北都『ガレリア』。
そこに、ミカエルの兄弟機……『ウリエル』が配備されたという情報が入った」
ウリエル。
神の炎を司る天使の名。
私の心臓が、ドクンと大きく跳ねた。
恐怖ではない。
それは、空腹の獣が獲物の匂いを嗅ぎつけた時の、歓喜の震えだった。




