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第120話 汚れた血脈



 ドリルが装甲を穿つ音が、断続的に響いていた。

 カイルが脂汗を流しながら、ミカエルの動力炉ハートに、アヴェンジャーの排熱パイプを無理やりねじ込んでいる。

 本来なら絶対に接続してはいけない、聖杯に泥水を注ぐような作業。


「……行くぞ。バイパス弁、開放」


 カイルがレバーを下ろした。

 ドクンッ。

 機体が大きく脈打つ。


 シューーーーーッ……!!

 アヴェンジャーの体内を巡っていた、煤と油と不純物が混じった「汚れた魔力」が、白く輝くミカエルの炉心へと流れ込んでいく。


 バチッ! バチバチッ!!

 炉心が激しく明滅した。

 青白かった光が、濁流に飲み込まれるように、見る見るうちにドス黒く濁っていく。

 拒絶反応のアラートが悲鳴を上げ――そして、唐突に止んだ。


 ゴゥン……ゴゥン……。

 アイドリング音が変わった。

 高周波の綺麗な音ではない。

 腹の底に響くような、重く、粘り気のある低い駆動音。

 まるで、綺麗な天使が堕天し、泥の味を覚えたかのような音だった。


「……はぁ」


 私の体からも、熱が引いていく。

 代わりに、血管の中に冷たい重りが流し込まれたような感覚が広がった。

 指先の震えが止まる。

 視界がクリアになり、コクピットの隅々までが、自分の体の一部のように鮮明に感じ取れる。

 ただし、それは以前のような「相棒」としての感覚ではない。

 もっと強制的で、支配的な繋がり。


「どうだ、エルゼ。……吐き気は?」


 カイルが心配そうに覗き込んでくる。

 私は、自分の手のひらを握りしめ、そして開いた。

 黒い手袋の奥で、脈打つ血のリズムが、あのアヴェンジャーの低い駆動音と完全に同期している。


「……平気よ。

 すごく、気分がいいわ」


 私は嘘をついたわけではない。

 体の不調は消えた。

 けれど、心の一部がごっそりと抜け落ちて、冷たい金属に置き換わったような「空虚な全能感」がある。


「そうか……なら、成功だな」


 カイルは安堵の息を吐いたが、その表情は晴れなかった。

 彼も気づいているのだ。

 目の前に鎮座する機体が、もう元の「アヴェンジャー」ではないことに。


 黒銀の装甲。

 背中には、赤黒く染まった堕天使の翼。

 そして動力炉には、共食いした敵の心臓が埋め込まれ、汚れた血を全身に送り出している。


 それは、英雄の乗機ではない。

 フランケンシュタインの怪物モンスター

 生き延びるために、禁忌を犯して継ぎ接ぎされた異形。


「カイル。

 この子の名前……もう『アヴェンジャー(復讐者)』じゃ足りないかもね」


 私は冷たいシートに背を預け、天井を見上げた。

 復讐なんていう人間臭い感情は、もうとうに通り越している気がした。


「……今はいいさ。名前なんて」


 カイルが静かに言った。


「生きてる。俺たちも、こいつも。

 ……今はそれだけで十分だ」


 ドックの照明が落ちる。

 闇の中で、アヴェンジャーの背中の翼だけが、禍々しい赤色の燐光を放ち続けていた。

 私たちはもう、引き返せない場所まで来てしまったのだ。

 その事実を、静かなエンジンの鼓動だけが肯定していた。


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