第12話 ガラス越しの約束
式典を終えた私は、ヴォルゴフ少佐に連れられて王宮の地下へと降りていった。
華やかな地上とは対照的な、冷たく無機質なコンクリートの回廊。
ここは、帝國が「保護」という名目で、属国や亡国の要人を収容している特別区画――実質的な人質収容所だ。
幾重ものセキュリティゲートをくぐり抜け、辿り着いたのは真っ白な部屋だった。
部屋の中央は、分厚い防弾ガラスで仕切られている。
「面会時間は十五分だ。余計なことは吹き込むなよ。監視カメラが見ていることを忘れるな」
ヴォルゴフはそう言い捨てると、壁際の椅子に腰を下ろして足を組んだ。
私はガラスの前の椅子に座る。
心臓が早鐘を打っていた。戦場での恐怖とは違う、もっと切実な鼓動。
やがて、向こう側のドアが開き、車椅子に乗った少女が係官に押されて入ってきた。
色素の薄い金髪と、透き通るような白い肌。
私とよく似た面影を持つ、世界でたった一人の肉親。
「……お姉様?」
少女――リズが顔を上げ、私を見つけて花が咲いたように微笑んだ。
彼女は生まれつき魔力回路が弱く、足が不自由だ。定期的な魔力充填治療を受けなければ生きていけない。
その治療を行えるのは、帝國の高度な医療技術だけだった。
私はマイクのスイッチを入れ、ガラスに掌を押し当てた。
「リズ……元気だった?」
『うん、元気だよ。ここの先生たちは良くしてくれるし、ご飯も美味しいの。……でも、お姉様に会えないのは寂しい』
スピーカー越しに聞こえる妹の声。
それだけで、凍りついていた心が溶け出し、目頭が熱くなる。
私は必死で表情筋をコントロールし、優しい姉の顔を作った。
「ごめんね。お仕事が忙しくて」
『ううん、分かってる。お姉様は立派な軍人さんだもの』
リズの視線が、私の胸元で輝く銀翼十字章に注がれた。
彼女の瞳がキラキラと輝く。
『わぁ……すごい! 綺麗な銀色! お姉様、また勲章をもらったの?』
「……ええ、そうよ」
私は胸元の銀貨を握りしめた。
リズは知らない。この勲章が、リクのような少年を犠牲にし、数え切れないほどの人間を焼き殺して手に入れた「殺人許可証」であることを。
帝國の情報管制によって、彼女の耳には私の活躍が「正義の戦い」として美化されて届いているのだ。
『お姉様はすごいなぁ。悪い人たちをやっつけて、みんなを守ってるんだね。私、お姉様が誇らしいよ』
リズの無垢な言葉が、鋭利な刃物となって私の胸を抉る。
誇らしい。
そんな言葉、私には最も相応しくない。
けれど、私は笑った。彼女の幻想を壊さないために。
「ありがとう、リズ。これもリズが応援してくれるおかげよ」
『えへへ。……あ、そうだ。これ、作ったの』
リズはポケットから、不格好な刺繍が入ったハンカチを取り出した。
ガラスに押し当てる。
青い鳥の刺繍。拙いけれど、一生懸命縫ったことが伝わってくる。
『平和になったら、一緒にピクニックに行きたいなって思って。お守りだよ』
「……ええ。素敵ね。ありがとう」
受け取ることはできない。ガラスが邪魔をする。
私たちはこんなに近いのに、指先ひとつ触れ合うことすら許されない。
「――時間だ」
背後からヴォルゴフの無慈悲な声が響いた。
まだ五分も経っていない気がするのに。
「待って、あと少しだけ――」
「規則だ。連れて行け」
向こう側の係官が、無言で車椅子を引いていく。
リズが名残惜しそうに振り返り、手を振った。
『またね、お姉様! 無理しないでね! 大好きだよ!』
ドアが閉まる。
白い部屋に、また静寂が戻ってきた。
私はガラスに額を押し付け、小さく息を吐いた。
大好きだよ。
その言葉が、私をこの世界に繋ぎ止める鎖であり、同時に私を戦場へと駆り立てる呪いだった。
「……満足か?」
ヴォルゴフがニヤニヤと笑いながら近づいてくる。
「妹の顔色は良かったな。高価な魔力充填治療のおかげだ。……分かっているな? 彼女の命は、貴様の働き次第だということを」
「……ええ」
私は顔を上げ、振り返った。
その時にはもう、姉の顔は消え失せ、冷徹な魔女の仮面に戻っていた。
「次の任務はどこ? さっさと行きましょう」
稼がなければならない。
妹の治療費を。そして、いつかこのガラスの壁を粉々に砕くための力を。
そのためなら、私はあと何千人でも殺してみせる。
私は地下の冷たい空気を吸い込み、軍靴の音を響かせて歩き出した。




