第119話 消化不良
整備ドックの空気は、いつもより重く、そして酷く臭かった。
オイルと硝煙の匂いではない。
何か、生き物が腐ったような、甘ったるい腐臭が漂っている。
「……酷ぇもんだな」
カイルが整備用リフトの上で、ハンカチで鼻を覆いながら呻いた。
私も、点滴スタンドを引きずりながら、愛機の背中を見上げた。
そこには、昨日の戦闘で無理やり溶接した「ミカエルの翼ユニット」が鎮座している。
だが、その結合部は見るも無惨な状態だった。
アヴェンジャーの黒い装甲が、まるで生き物のように触手を伸ばし、白いミカエルのユニットに食い込んでいる。
だが、完全には融合していない。
傷口が化膿するように、結合部から紫色の火花と、得体の知れない粘液が垂れ落ちていた。
「規格が違いすぎるんだよ。
ミカエルの動力炉は『純度100%の魔力水』で動く精密機械だ。
対して、アヴェンジャーは粗悪な燃料だろうが石炭だろうが燃やす焼却炉だ」
カイルがタブレット端末を見せつけてくる。
画面には、真っ赤な警告ログが羅列されていた。
「アヴェンジャーのやつ、奪った動力炉から無理やりエネルギーを吸い上げちゃいるが、変換が追いついてねえ。
『高すぎるオクタン価』にエンジンが悲鳴を上げてる。
……人間で言えば、ひどい食中毒と消化不良を同時に起こしてる状態だ」
「……私の体と同じね」
私は、自分の左手を見た。
指先が、小刻みに痙攣している。
昨晩から、高熱が引かない。
アヴェンジャーと深く繋がりすぎたせいで、機体の「消化不良」が、そのまま私の肉体へのダメージとしてフィードバックされているのだ。
口の中には、ずっとアルミホイルを噛んでいるような不快な味が張り付いている。
「切り離すか? エルゼ。
このままだと、お前の神経回路まで焼き切れるぞ」
カイルの提案はもっともだ。
この翼は、今の私たちには過ぎた力(毒)なのだ。
でも。
「……嫌よ」
私は震える手で、黒ずんだアヴェンジャーの装甲に触れた。
熱い。
機体はまだ、熱にうなされている。
けれど、その奥底で脈打つ力強さは、以前とは比較にならない。
「せっかく食べた『ご馳走』よ。
吐き出すなんて、もったいないわ」
「エルゼ!」
「馴染ませればいいんでしょう?
綺麗な魔力が毒になるなら……私たちが汚してやればいい」
私はリフトの手すりを握りしめた。
「カイル、バイパス手術をするわ。
ミカエルの動力炉に、アヴェンジャーの排熱ダクトを直結して。
汚い廃熱を循環させて、強制的に『泥の味』を覚えさせるのよ」
「……正気か? 精密回路にススを流し込むようなもんだぞ。二度と使い物にならなくなるかもしれん」
「構わない。
綺麗なままじゃ、私の体には合わないもの」
私はニヤリと笑おうとして、鼻からツツーと血が垂れるのを感じた。
代償は払う。
けれど、一度手にした「空」は、絶対に手放さない。
この激痛と吐き気こそが、私たちが進化しようとしている証拠なのだから。




