第110話 煉獄の獣
ドックに、金属を切断する激しい音が響き渡っていた。
バチバチバチッ!!
火花が散る中、巨大な鉄の塊がクレーンで吊り上げられていく。
アヴェンジャーの、折れていない方の右翼だ。
「おいおい、正気か? 残った翼まで切り落とすなんて」
視察に現れたヴァルガスが、葉巻を落としそうな顔で呆然としている。
彼の目には、私たちが貴重な戦力を自ら破壊しているようにしか見えないだろう。
「片翼じゃ飛べないわ。ただのデッドウェイトよ」
私は包帯だらけの姿で、切断作業を見上げていた。
ドスン、と床に落ちた右翼。
これでアヴェンジャーは、完全に空を飛ぶ機能を失った。
美しい流線型のフォルムは消え、残ったのは無骨で、凶悪な筋肉の塊のようなシルエット。
「ヴァルガス。……余ってる装甲板、全部持ってきて」
「は? 全部だと?」
「ええ。戦車の複合装甲でも、建設用の鉄骨でもいい。
……機体の前面に貼り付けるの。ハリネズミみたいにね」
私は、あの「光」の威力を肌で知っている。
生半可な装甲では紙同然だ。
だったら、質量で耐えるしかない。
機動力を捨て、防御と突進力に全てを振る。
「……カイル。右腕の方はどう?」
私は機体の下に潜り込んでいる相棒に声をかけた。
カイルは油まみれの顔で這い出してくる。
「ああ、とんでもねえモンができそうだぞ。
……砲身の中、まだドロドロに溶けてやがる」
溶解して塞がったレールキャノン。
その内部には、私が喰らったミカエルの光エネルギーと、アヴェンジャー自身の魔力が混ざり合い、高圧で密封されていた。
行き場を失った熱量が、砲身を赤熱させ続けている。
「排熱ダクトを全部閉鎖した。
この熱、外には逃がさねえ。……一点に集中させる」
カイルが指差したのは、歪んだ砲口の先端に溶接された、巨大なタングステンの「衝角」だった。
かつて私が食べた敵(葬儀屋)の杭を再利用した、即席のスパイク。
「『熱量可変式・溶断パイル』……ってとこか。
内部の超高熱をこのスパイクに伝導させて、触れるものすべてを溶かしながら突き刺す」
「素敵」
私は思わず笑みをこぼした。
撃ち出す飛び道具じゃない。
自らの熱で敵を溶かし、物理的にねじ込む、極めて野蛮な近接兵器。
今の私たちにはお似合いだ。
「……狂っているな」
ヴァルガスが低く唸った。
「空を捨て、盾を纏い、熱を溜め込む。
それはもう竜騎兵ではない。……ただの『動く爆弾』だぞ」
「いいえ」
私は黒く煤けた機体を愛おしげに撫でた。
銀色のメッキは剥がれ落ち、地金が剥き出しになった醜い姿。
けれど、その内側には、天使すら焼き尽くす煉獄の炎が渦巻いている。
「これは『獣』よ。
……空から見下ろす神様を、地獄の底へ引きずり込むためのね」
作業員たちが、分厚い追加装甲を運び込んでくる。
溶接の青白い光が、ドックの闇を照らした。
再戦の時は近い。
這いつくばる準備は、もう整っていた。




