第109話 地に這うもの
目が覚めた時、口の中が酷く苦かった。
焦げた鉄と、腐った果実を混ぜ合わせたような味。
あの「光」の残滓だ。
「……気づいたか」
カイルの声がした。
重い瞼を開けると、そこはいつものドックではなく、薄暗い治療室だった。
体中にチューブが繋がれている。
特に左腕は、太い拘束具のような冷却装置で固定され、ブーンという低い駆動音を立てていた。
「私……どのくらい寝てたの?」
「丸三日だ。……正直、もう目を覚まさねえかと思ったぞ」
カイルの顔はやつれていた。
目の下に深い隈があり、無精髭が伸びている。
「アヴェンジャーは?」
「……見ない方がいいかもしれんぞ」
カイルは言い淀んだが、私は無理やり体を起こした。
ふらつく足で窓辺に寄り、防弾ガラス越しにドックを見下ろす。
「……あぁ」
言葉が出なかった。
そこに横たわっていたのは、かつて民衆が崇めた「銀色の神」ではなかった。
左翼は根元からへし折られ、断面から無数の配線が内臓のように垂れ下がっている。
誇らしかった銀色の装甲は、あの光の高熱で焼けただれ、どす黒く変色していた。
そして何より酷いのが、右腕のレールキャノンだ。
高エネルギーの逆流によって砲身が溶解し、先端が飴細工のように歪んで塞がっている。
もはや、弾を撃つことなど不可能な鉄屑。
「酷いもんだろ。……今の俺たちは、あのガキの言った通りだ」
カイルが自嘲気味に呟く。
「翼を捥がれ、牙を折られ……地に這いつくばるだけの敗北者だ」
バルデの街も、沈黙していた。
三日前まで「銀色の女神」と熱狂していた人々は、黒く焼け焦げた無惨な機体が運び込まれるのを見て、掌を返すように静まり返ったという。
神は死んだ。
そう思われているのだ。
「……ううん、違うわ」
私はガラスに左手――冷却装置に覆われた異形の手を押し当てた。
熱い。
装置で冷やされているのに、骨の髄がマグマのように熱い。
アヴェンジャーが食べた「ミカエルの光」。
あれは消化されていない。
機体の動力炉の中で、そして私自身の体の中で、まだドロドロと渦巻いている。
「負けてない。……食べたのよ」
「あ?」
「美味しくはなかったけど、腹の足しにはなった」
私は振り返り、ニヤリと笑ってみせた。
鏡を見ていないけれど、今の私はきっと、人間離れした酷い顔をしているだろう。
「カイル、修理するわよ。
翼がないなら、走ればいい。
砲身が塞がってるなら、殴ればいい」
あの白い処刑人は、「地に這う獣」と私を嘲笑った。
だったら見せてやる。
地を這う獣が、どれほど執念深く、どれほど恐ろしいかということを。
「……ハッ、違げえねえ」
カイルが呆れたように、しかし力強く笑い返した。
「お前は『撃墜』されたんじゃねえ。『着陸』しただけだもんな」
「そうよ。……さあ、食事の支度をしなきゃ」
私の胃袋は、まだ満たされていない。
あの白い翼を食いちぎるまでは。




