第106話 殺戮の天使
夜明けの荒野。
アヴェンジャーのスラスターを最大出力で噴射し、私は赤い彗星となって空を駆けた。
目標は一点。
北の空に浮かぶ、あの不快なほど白い機体だ。
「先手必勝……ッ!!」
距離3000。
私は右腕のレールキャノンを構えた。
狙いをつける必要すらない。私の視線がロックオンした箇所に、アヴェンジャーの腕が自動的に追従する。
ズギュュュュンッ!!
放たれた魔力弾が、一直線に白竜騎兵『ミカエル』へと吸い込まれる。
直撃コース。
避ける素振りすらない。
(当たった!)
そう確信した瞬間だった。
フワッ……。
ミカエルの背中にある6枚の「光の翼」が、陽炎のように揺らめいた。
次の瞬間、私の魔力弾は、ミカエルの機体を「すり抜けて」、遥か彼方の岩山に着弾した。
「……は?」
外した? いいえ、確かに捉えていた。
まるで、そこに最初から誰もいなかったかのように、虚空を撃ち抜いただけ。
『遅いよ、お姉さん』
背後。
ゾワリと総毛立つような殺気が、首筋を舐めた。
「うしろッ!?」
旋回する暇もない。
私は反射的に、背中のメインスラスターを逆噴射し、機体を強引に横滑りさせた。
ジュッ……!!
目の前を、白い閃光が走り抜けた。
熱い。
コクピットの温度計が一瞬で警告域に跳ね上がる。
キィィィィン……。
ミカエルが、優雅に私の頭上で静止していた。
その手には実体剣も銃もない。
ただ、右手の指先から、背中の翼と同じ「光の刃」が伸びていた。
『ボクのミカエルはね、質量に縛られないんだ。
……重力制御と光学迷彩の複合機動。
重たい鉄の塊を引きずってるお姉さんとは、ステージが違うんだよ』
アルノが笑う。
私は歯噛みしながら、アヴェンジャーの装甲を確認した。
右肩の装甲版が、斜めに切り裂かれている。
あのタングステン銀コーティングが、まるで溶けたバターのように。
「……嘘でしょ」
物理的な硬度が通用しない。
高熱のプラズマか、あるいは純粋な高密度魔力か。
あんなもので斬りつけられたら、防御なんて意味をなさない。
『さあ、実験を続けようか。
その銀色の殻を剥いだら、中はどんな色をしてるのかな?』
ミカエルが急降下してくる。
速い。
目で追うのがやっとだ。
「カイル! チャフとフレアを全部撒いて! 目くらましよ!」
『お、おうッ!』
アヴェンジャーの全身から欺瞞体が射出され、空中に金属片の霧ができる。
だが、ミカエルはその霧の中を、一切の迷いなく突っ切ってきた。
『無駄だよ。ボクには「魂」の場所が見えてるから』
ズバァァァッ!!
光の刃が閃くたび、アヴェンジャーの装甲が削ぎ落とされる。
痛い。熱い。
神経接続した私の体が、焼けるような激痛に悲鳴を上げる。
(……食べられない)
何より絶望的だったのは、私の「捕食本能」が沈黙していることだった。
敵は速すぎて捕まえられない。
そもそも、あんな高エネルギー体の塊、触れただけでこちらの口が溶けてしまう。
この戦場には、私の「食事」はない。
あるのは、一方的な「解体ショー」だけだった。




