第1話 空の墓標
肺が焼けるようなオイルの臭いと、鉄錆の味。
それが、私の戦場の全てだ。
「――第4遊撃隊、接敵まで30秒。高度4000を維持せよ」
ノイズ混じりの無線が、ヘルメットの中で無機質に響く。
私は操縦桿を握る手に力を込め、愛機である飛竜の首元を軽く叩いた。
鋼鉄の装甲板に覆われた竜の首筋から、ドクン、ドクンと早い脈動が伝わってくる。背中に背負った魔導タービンが、金切り声を上げて回転数を上げていた。
『行くぞ、”白銀”』
心の中で呟く。
雲を抜けた瞬間、視界が開けた。
眼下に広がるのは、どこまでも続く灰色の雲海。そして、その上空を編隊を組んで飛来する、赤錆色の機影たち。
かつて私の故郷と盟友関係にあった、リンドブルム公国の竜騎士団だ。
「各機、散開! 食らいつけ!」
隊長の怒号と共に、私たちの部隊は散り散りになって敵陣へと突っ込んでいく。
直後、空が閃光で埋め尽くされた。
敵の竜が吐き出す火球と、迎撃するこちらの魔導機銃の曳光弾が交錯する。
私は機体を右にロールさせ、真正面から迫ってきた敵機を紙一重でかわした。
風圧で機体が軋む。
すれ違いざま、敵の騎乗者の顔が見えた。恐怖に歪んだ、まだ若い少年の顔だった。
(……ああ、またか)
胸の奥で、冷たい澱のような感情が渦巻く。
だが、私の口は、意思とは無関係に動き出していた。
――歌わなければ、死ぬ。
この首に嵌められた、帝國軍の「首輪」がそう命じている。
「♪――――」
喉から溢れ出したのは、言葉のない旋律だ。
かつて王宮で愛でられた美しい聖歌ではない。
魔力を強制的に励起させ、生物の脳髄を焼き切るような、不協和音の共鳴歌。
私の歌声が風に乗って拡散した瞬間、愛機の竜が咆哮を上げた。
瞳孔が針のように収縮し、筋肉が異常に膨張する。
魔導タービンが悲鳴のような音を立て、機体は物理法則を無視した急加速を見せた。
「ガァアアアッ!」
竜が空を蹴る。
G(重力)が全身にのしかかり、視界が灰色に染まる。
私はそれをねじ伏せ、敵機の背後に食らいついた。
「なっ、速す――!?」
敵の通信が入る。動揺している。
照準器の赤い光が、敵竜の翼の付け根、装甲の薄い部分に重なる。
「ごめんなさい」
引き金を引いた。
ダダダダッ! と乾いた音が響き、敵の右翼が根元から弾け飛んだ。
バランスを失った竜は、コマのように回転しながら墜ちていく。
騎乗者の少年が何かを叫んでいたが、その声は雲海の下へと吸い込まれて消えた。
撃墜確認、一。
喜ぶ暇などない。
すぐに次の敵影を探す。
レーダー代わりの魔力探知が、右後方からの接近を告げていた。
「特務少尉エルゼ、状況を報告しろ」
無線から、監視役である帝國軍将校の不愉快な声が割り込んでくる。
私は口元の血を拭い、冷めきった声で答えた。
「こちらエルゼ。……歌は順調よ。仕事に戻る」
私は再び、呪いのような歌を紡ぎ始める。
硝煙と血の匂いが充満するこの空こそが、亡国の王女である私に許された、唯一の死に場所だった。
戦記物です。
よろしくお願いします。




