オルゴールの思い出は美しく……?
歯抜けのオルゴールは、どんな曲を奏でるのかしら……?
床に転がる壊れたオルゴールを、アイリスは無表情で見下ろしていた。
誰かの形見とか、由緒正しい歴史があるわけではなく、比較的最近の……有り体に言えば、量産品のオルゴール。
思い出らしきものを上げるなら、家族以外の男性からの、初めての贈り物だった。
それを壊したのも、その当人だが。
「チッ、なんだその安っぽいオルゴールは」
他人の物を落として壊しておいて、謝罪ではなく批判が出てくるこの男は、アイリスの婚約者である。
いや、であった。
彼はたった今、アイリスに婚約破棄を宣言したのだ。
普通はこれから両家の話し合いや書類の作成が行われるのだが、こと今回においては、たった今、婚約破棄が成立していた。
「では、カルミア様の有責での婚約破棄、承りました」
アイリスが美しいカーテシーと共に、婚約破棄の成立を了承する。
アイリスの言葉に、カルミア――元婚約者――は焦りを浮かべる。
「な、婚約破棄だぞ? お前は俺と結婚出来なくなるんだぞ? それになぜ、俺の有責なんだ?!」
目を白黒させながら、意味が解らないと嘯くカルミアへ、アイリスは笑顔を向ける。
「なぜも何も、カルミア様の手が当たり床に落ちたオルゴールが壊れましたもの」
アイリスの視線が、再び床に転がるオルゴールへと向いた。
蝶番が壊れズレた蓋。外れた中板。転がり出た針の折れたシリンダー。
もう音が出る事はないと予想出来る程に、無惨に壊れている。
「なっ!? たかが安物のオルゴールだろうが! これがなんだと言うんだ!」
落ちた位置が近かったら、踏みつけていただろう勢いで、カルミアが怒りを露にする。
「愛の証ですわ」
アイリスは、変わらず笑顔だ。
「は? こんな安物がか?」
鼻で笑ったカルミアへ、アイリスは更に笑顔を深くする。
「婚約の証として、愛が続く限り壊れないように成約魔法を掛けたのをお忘れですか?」
今までの笑顔が嘘のように、アイリスの表情がストンと消えた。
「お、おま、お前の愛が冷めたから壊れたんだろう?」
ここまで言われても思い出せないらしいカルミアは、それでも自分の立場が悪い事には気付いたようだ。
アイリスへ責任を擦り付けようとする。
「このオルゴールに愛を誓ったのは、貴方だけです。私は貴方の腕に嵌っているブレスレットに誓いましたから」
カルミアの手首には、紫色の宝石が美しいブレスレットが光っていた。
終




