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第1話彼女を追いかけて

私立桜庭女子学園に入学したひとりの女子高生、真緒。彼女にはある目的があった。女子中学野球界の転載、あるいはエースとも呼ばれ、有名高校からの推薦を受けながらも、いつの間にかその姿を消していた津田葉月、その人を探すことである。中学時代同じ部活で野球部をやっていた真緒にとって、彼女の存在は大きかったのだ。「何としてでも彼女と野球がしたい」その一心で高校入学までこぎつけた真緒は、この学校に野球部があることに気づき、部員増加のための活動を中学時代の先輩・相沢と開始する。一方の葉月は、相沢や真緒に熱心な勧誘を受け、過去の自分の決断と向き合うことになる。一生懸命な真緒の姿、あるいは自分と葛藤する葉月の姿、二つの視点を読み解くことができる清酒運群像劇です。

私立桜庭女子学園。ここは私の住む地域内では唯一の女子高であって、なおかつ進学校だ。しかもかなり名の知れた。そこまで都会というわけでもない地域の中にある小さな女子高だというのに、国内で「桜庭」と名前を挙げれば一致するくらいに知られていることには驚いた。

私には一生縁がないと信じていたのに、今私が向かっている場所はまさにその桜庭であった。しかも見学とか参観とかでもなんでもなく、新入生として。今でも信じられない。自分で受験したのに全く実感はわかず、むしろ受験に来た時よりも学園を遠く感じてしまっているのはなぜなのだろう。

やがて「桜庭女子学園 入学式」の垂れ幕が下がった正門が見えてくる。ああ、ついに来てしまったのだ。現実感のなかったものが少し近づいたように思えた。

私、一之瀬真緒がここへやってきたのには理由がある。別に女子高にあこがれたとかそんなんじゃないし、いい大学を目指したいとかそんなのでもない。もっと単純な、だけど複雑な理由なのだ。

正門をくぐって廊下を歩いていくうちに、クラス名簿と書かれた紙が現れた。それは謙虚にも割と目立ちにくい壁に貼られており、一瞬これが本当にクラス票なのかと疑ってしまうほどのものだった。

名簿に目を通してみる。私のクラスはC組らしかった。そしてもう一つ、絶対に探さなければならない人の名前を探してみる。津田葉月。同じ1年生の中にあるるはずの名前だ。

やがて、その名前はE組の中で発見された。厄介なことにE組というのは後者の外れである。訪問しづらいなと思いつつ、自分の教室へと向かった。

1年生の教室は2階にあり、全部でE組までの5クラスあるわけなので、私たちのC組はほぼ真ん中に位置していた。教室のプレートを確認しながらこれから自分の教室になる場所へ入ってみる。すると、何人かがすでに教室の真ん中に固まっていることに気が付いた。彼女たちはいわゆる「持ち上がり組」というやつなのだろう。中学からここにいてすでに仲のいい人たち。女子特有の甲高い声で笑いながら何かを見せ合ったりしている。

ああ、これだから女子高には来たくなかったのに・そう思いながら自分の席へと向かう。そして椅子に座った途端、チャイムが鳴った。

~~~

入学式が終わるとそれぞれが教室に戻っていく。しかし私は違っている。本来の目的を、今ここで果たさなければならなかった。

教室に荷物だけを置き、またそこを出る。そしてE組へと向かった。目的は何かと聞かれれば説明は大変だが、一言でいうなら彼女を探すためだ。津田葉月をなんとしてでも呼び戻すため。

E組の教室をノックすると、いきなり一番ドアに近いところに座っていた美少女がドアを開けてくれた。先ほど新入生代表のスピーチをしていた人だったような気がするけれど、今はそれどころではない。

「どうしたの?どこのクラスの子?」

美少女はそんなことを質問してきた。私はしぶしぶ「C組の一之瀬真緒です。津田さんはいらっしゃいますか」と答えた。こちらももうすぐホームルームなので、時間は全くないのだ。

「津田…ああ、津田葉月さんね。今そこに…」

美少女の言葉とほぼ同時に、「私に誰通う?」という声がした。そして私が長い間待ち望んでいたその顔がのぞいた。

二人の目が合った瞬間、葉月の顔が「あっ」というようにそこで止まった。私はそのすきに彼女に近づく。

「葉月…」

久しぶりにこの名前を呼んだような気がした。葉月の栗っとした目は点のようになって私の顔から動いていなかった。

「なんで、なんであんたがここにいるの…」

葉月は少し悲しそうな声でそう言った。それはそうだろう、私が葉月を追いかけてこの学園に来たということは、私と彼女の共通の友人にはだれ一人知らせていなかったのだから。

「ここに入学するって聞いたから、に決まってるじゃない」

私はこのためにここに来たのだ。チャンスを無碍にするわけにはいかなかった。

「なんで女子高なんか受けたの。葉月、あんた野球の才能はどうしたの?」

そうなのだ。彼女は、津田葉月は、私と同じ富永中学の野球部出身だった。富永中学といえば野球部に入ったことがあるものなら大体聞いたことがあるような名門校で、そこから甲子園を目指して名門高校へと進学する人は多かったし、スポーツ推薦で航行が決まる生徒も多かった。とにもかくにも野球部の充実した学校であって、部員は男女問わずかなり多かったわけだ。

葉月は富永中のエースだった。1年生の終わりから3年生で部活を引退するまでレギュラーを外れたことはほぼないに等しいくらい。男子が群を抜いて多い他行の野球部を相手にしたって全く動じなかったし、なによりどの党首よりも安定していた。中学校の野球部の中では「女子エースがついに誕生したか」「女性投手でここまでいい人は少ない」とかなり話題になっていた。

そんな葉月が推薦されないわけもなく、3年生の6月ごろに名門高校からの推薦状が彼女には届いていた。それなのに彼女は推薦を受けなかった。そしてここの学校へと進学したいという理由だけで、1日も考えることなく推薦状をもとの学校へと送り返してしまった。私たち元野球部員の3年は相当驚いて彼女を問い詰めようとしたのだが、夏休みが明けたころから葉月は一切学校に来なかったのだ。

そのうちに葉月のうわさはいつの間にか消えていて、気にしている人もかなり少なくなっていった。それでも私は彼女のことを諦められなかった。葉月と同じ時期、私もショートのレギュラーであった。女子部員はほかにも何人もいたものの、レギュラーで固定されていた女子部員というのは私と葉月ぐらいしかいなかった。だから私と葉月はお互いを割と意識していた…いや、もしかしたら私の一方通行だったのかもしれないけれど、とにかく私だけは彼女を忘れることなんてできなかった。

葉月という人は素晴らしい才能の持ち主だった。1年生で入ったその時、監督に支持されて投球練習を行っているのを見たその時から私の目は彼女にくぎ付けになっていた。ストレートが早すぎる。何より、速球派の投手だと乱れやすいといわれるコントロールも抜群。持ち球が少ないかといえばそんなことはなく、ときどき唐突にスライダーを投げ込んでいたりする。

「こりゃとんでもない投手だな…」

練習を見ていた監督がつぶやいていた言葉も忘れられていない。

一方の私はどんな選手だったかと言えば、まあいわゆる足を使える選手だった。昔から50メートルの記録だけは早かったのである。そこまで打撃がいいかといえばそんなこともない私だったけれど、足の速さだけが監督に評価された。1年生の時にはちょう安打率のいいショートの相沢先輩がいたからレギュラー出場はかなわなかったが、2年生になって相沢先輩がいなくなってからというもの、足を使えるから2番でと言われてずっとレギュラーに定着してしまっていた。

それでも、自分に葉月ほどの才能がないことはもちろん理解していた。葉月という存在があったから、監督は私のような選手をレギュラーにできるような余裕があったのだと思う。だから葉月がいなければ私はレギュラーなどはおろか、部活に入れたかすら危うかったに違いない。

だから私はここに来たのだ。彼女のためなんかじゃない。自分がこれからも好きな野球を続けていくためには、彼女の存在が必要不可欠だ。自分のために呼び戻すのに抵抗がなかったわけじゃない。それでもどうしてもやらなければならないと思った。

「…もう野球なんてやらないの、そう決めたんだから」

葉月はやっと目を動かしたかと思うと、とんでもないことを言い出した。いや、ここに来たということはそういうことなんだろうとうすうす思ってはいたのだけれど。

「なぜ?天才女性投手とまで言われたのに、やめる理由なんてないでしょ?」

私の質問に葉月は一瞬困ったような顔をした。その途端、無情にも3限目始まりを告げるチャイムが鳴った。ああ、なぜこんな時に…


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