第七話:反逆者への、甘くないご褒美
改めてメッセージくれた方ありがとうございました。!
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高坂陽菜が、ほんの少しだけ笑った。
あの日から、一週間が経った。
オレは、屋上へと続く階段の踊り場で、壁に背を預けながら、自販機で買った安っぽい缶コーヒーを啜っていた。
午後の授業をサボって、ここで時間を潰す。これぞ、オレが二度目の人生で求めていた、最高に自堕落で、平穏な時間だ。
眼下のグラウンドでは、他の生徒たちが魔法の訓練に励んでいる。
色とりどりの光が飛び交い、時折、小さな爆発音がここまで届く。前世で、窓の外に見えていたのは、灰色のビル群と、死んだ魚のような目をした同僚たちの姿だけだった。
それに比べれば、なんとまあ、平和で、ファンタジックな光景だろうか。
コーヒーは、砂糖とミルクがたっぷり入った、ガキ向けの甘ったるい味だ。四十のおっさんの舌には馴染まないが、それでも悪くはなかった。
何にも追われず、誰の責任も負わず、ただ無意味に時間を溶かす。この行為そのものが、今のオレにとっては、極上の贅沢だった。
陽菜の件は、AI『アルカディア』に簡潔なレポートを提出し、受理された。
『被験体:高坂陽菜の一次成長を確認』
あの無機質な通知を最後に、AIからの連絡は途絶えている。
つまり、オレは契約を果たし、ひとまず「廃棄」の危機は免れた、ということだろう。
「……やっと、面倒事から解放された、か」
このまま、誰にも関わらず、空気のように卒業まで過ごす。
今度こそ、その計画を実行できる。
そう思って、最後の一口を飲み干した、その時だった。
「――いた! こんな所にいたのかよ、先生!」
下の階から、階段を駆け上がってくる、けたたましい足音。
その声だけで、オレの貴重な平穏が終わりを告げたことを悟った。
息を切らして姿を現したのは、他でもない、陽菜だった。その手には、なぜかデータパネルが握られている。
「……何の用だ、陽菜。オレは今、世界の終わりについて考えてる」
「うっそつけ! どうせ面倒くせえとか考えてただけだろ!」
図星だった。
陽菜は、オレの隣に立つと、ぷくっと頬を膨らませて、そのデータパネルをオレの顔の前に突きつけてきた。
そこに表示されていたのは、オレが先日AIに提出したレポートのタイトルだった。
「ていうか、先生! このレポートの最後に書いてあった、『また逢う日まで』って、一体どういうことだよ!」
「あ?」
「とぼけんな! まるで、もうボクとは会わないみたいな、これで終わりみたいな! そういう意味だろ、これ!」
どうやら、レポートの閲覧権限が、被験者である彼女にも共有されていたらしい。
しまった。あれは、短編として物語を締めくくるための、作者としての都合……じゃなくて。
「……いや、あれは、だな。レポート全体の締めくくりとして、今後の更なる飛躍を期待させる、詩的な表現というか、まあ、そういうレトリックだ。前向きな展望を示すことで、読み手(AI)にポジティブな印象を与える、ビジネス文書の常套句で……」
「言い訳が長い!」
オレの苦しい弁明は、一刀両断された。
陽菜は、じとっとした目でオレを睨みつける。
「絶対、ボクとの関わりをこれで終えて、逃げる気だったんだろ! ボクが泣きついてこなければ、もう話しかける気もなかった! そうなんだろ!」
「……」
四十のおっさんが、十代のガキに、創作上のメタ的な都合を問い詰められている。
面倒くせえ、を通り越して、新しい地獄だ。
「大体、先生はまだボクの先生なんだからな! 勝手にいなくなられたら、ボクが困るんだよ! この前だって、友達に相談された時、うまく答えられなかったんだからな!」
「知るかよ。それはお前の問題だろ」
「先生のせいだろ! 先生が、ボクに『なんで?』とか『強みは?』とか、変なことばっかり教えるから!」
そう言って、彼女は顔を真っ赤にしている。
その姿に、前世で育てた部下たちの面影が重なり、オレは柄にもなく、少しだけ、口元が緩んだ。
面倒だが、まあ、悪くない。
こういう時間が、前世のオレには、決定的に足りなかった。
――その、まさに直後だった。
ピコン。
オレの視界の隅にだけ、半透明のウインドウが、音もなくポップアップした。
AI『アルカディア』からの通知だ。
さっきまで胸にあった、温かい感情が、急速に冷えていくのを感じた。
『被験体:高坂陽菜の一次成長を確認。あなたの提出したレポート内容を分析し、育成理論の有用性を評価しました』
「……ちっ」
「ん? どうかしたのかよ、先生? 腹でも痛いのか?」
「いや、なんでもねえ」
オレの額に冷や汗が滲む。
陽菜の能天気な声が、やけに遠くに聞こえた。
やめろ。来るな。もう、オレを解放してくれ。
『これより、より大規模な実証実験に移行します』
終わった。
オレの平穏なセカンドライフ計画が、木っ端微塵に砕け散る音がした。
『あなたの提唱した【個体差を考慮した育成理論】の限界値を測定するため、次なる課題を提示します』
目の前のウインドウに、無慈悲な文字列が浮かび上がる。
隣では、陽菜が「そういえばさー、今日の授業の……」と、まだ何かを喋っている。
その声が、まるで、嵐の前の静けさのように、不気味に響いていた。




