第六話【番外編】くたびれ中年とボクっ娘の、面倒くせえ種明かし
放課後の、誰もいない教室。
オレは窓の外をぼんやりと眺め、この平穏がいつまで続くもんかと、四十歳のため息をついていた。
「――いた! こんな所にいたのかよ、先生!」
勢いよく教室のドアを開けて入ってきたのは、高坂陽菜だった。
なんだかんだで、彼女はオレのことを「先生」と呼ぶのが定着しつつある。
「……何の用だ、陽菜。オレは今、世界の終わりについて考えてる」
「うっそつけ! どうせ面倒くせえとか考えてただけだろ!」
図星だった。
陽菜は、オレの前の席にちょこんと座ると、改まった顔でこちらを見た。
「単刀直入に聞くよ。先生が、ボクにしたこと。あれ、結局なんだったんだよ? 魔法じゃないし、ただ話を聞いてただけ……でも、ボクは……」
ああ、面倒くせえ。
だが、こいつは一度気になったら、テコでも動かないタイプだ。
オレは、観念して口を開いた。
「別に大したことはやってねえ。ただ、機械(AI)にはできない、人間の心の中をちょっと覗いて、整理してやっただけだ」
「だから、それをどうやったのか聞いてるんだよ!」
「……三つだ。オレがやったのは」
1. 『なんで』を五回
「まず、お前のレポートを読んだ後、オレはしつこく『なんで?』って聞いたろ。あれは、問題の根本原因を掘り下げるための、一番シンプルな方法だ」
「うわ、思い出しただけでもうざい……」
「うるせえ。お前は最初、『魔法がうまくいったから楽しかった』って言った。だが、それは表面的な答えだ。『なんで?』を繰り返した結果、何に行き着いた?」
「……親友が、喜んでくれたから」
「そうだ。お前の問題は、魔法の技術じゃなく、その奥にある『心』の問題だった。病気の原因を特定しなきゃ、正しい薬は処方できねえだろ。そういうことだ」
2. 簡単な『棚卸し』作業
「次に、お前の『強み』を教えてやった」
「……ボクに、強みなんて……」
「あるんだよ。前世……じゃねえ、むかしに使ってた『SWOT分析』ってやつでな、要はただの棚卸し作業だ」
オレは指を折りながら説明する。
「自分の強み、弱み、追い風、向かい風。この四つを整理するだけだ」
「それって、つまりボクには弱みだけじゃなくて、強みもあるってことかよ……!?」
「当たり前だ。AIは、お前の『劣等感』をただの『弱み』としか見ない。だが、オレから見れば、それは『誰よりも慎重で、基礎を徹底できる』っていう、とんでもない『強み』だ。光の当て方を変えれば、ガラクタも宝物になる」
3. 『毎日コツコツ、バントで出塁』作戦
「そして最後が、あの練習だ。いきなりホームランを狙わず、毎日コツコツ、バントで出塁する。心が折れかけてる人間には、デカい成功体験より、小さな成功体験の積み重ねの方が、ずっと効く」
「……一ミリの成長、か」
「そうだ。その一ミリを、てめえの力で達成したって事実が、何よりの自信になる」
陽菜は、黙ってオレの話を聞いていたが、やがて、ふっと顔を上げた。
その表情は、以前のような焦りや不安ではなく、何かを理解したような、澄んだ色をしていた。
「……そっか。なんだ、全部、当たり前のことだったんだな」
「まあな。だが、その当たり前を、一人でやるのは難しい。特に、お前みたいに不器用な奴はな」
「うっさいな! ……でも」
陽菜は、少しだけ、本当に少しだけ、頬を赤らめて、言った。
「……ありがと。先生」
その言葉に、オレは柄にもなく、少しだけ照れくさくなった。
「……ああ。もうこの話は終わりだ」
オレがそう言って話を打ち切ろうとすると、陽菜はハッとした顔で、オレの向こう側――読者がいるであろう空間――に向かって、にこっと笑った。
「ね! ボクたちの話、読んでくれて、ありがとうな!」
「おい、陽菜、誰に……」
「先生も!」
「あ?」
「ちゃんと言う!」
陽菜は、オレの袖をぐいっと引っ張った。
やれやれ。こいつには、敵わねえらしい。
オレは、ガシガシと頭を掻きながら、ぶっきらぼうに言った。
「……まあ、なんだ。最後まで付き合ってくれて、感謝するぜ」
陽菜が、隣で満足そうに頷く。
その顔は、もう、泣きそうじゃなかった。
それじゃあ――
また逢う日まで。




