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くたびれ四十路の「魔法学園マネジメント」 〜AIの『最適解』は非効率だ。俺の『育成論』で、心が限界な少女たちを救ってみせる〜  作者: いちた


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第十九話:失敗報告書、最初の『声』


翌日の放課後。



旧校舎、『第三魔法薬学準備室』の扉が見える、少し離れた物陰。オレたちは、三度、息を殺してその時を待っていた。



昨日と違うのは、扉の隙間に、オレが書いたメモが挟まれていることだけだ。




「……本当に来るかな…? 昨日、あんな意味不明なことさせられて、もう嫌になってるかも……」


陽菜が、昨日よりもさらに不安そうな顔で、指を組み合わせて落ち着きなく呟いている。


「来ます」


隣で、ミオが静かに、しかし断言した。彼女は相変わらず、データパネルで廊下の微細な魔力反応をモニタリングしている。



「昨日の課題遂行後、彼女のストレスレベルは一時的に急上昇しましたが、その後、平常時よりもわずかに低い数値まで低下。これは、カタルシス効果……いえ、少なくとも、『予測可能な範囲内での安全なストレス経験』が、逆説的に精神的な安定をもたらした可能性を示唆します。彼女は、この場所に『何か』を求めずにはいられないはずです」


「……だそうだ。要するに、『案外、スッキリしちゃったから、今日も来ちゃうかもね』ってことだ」



オレは、ミオの小難しい分析を、陽菜にも分かるように翻訳してやる。なるほど!と手を叩く陽菜の後ろでミオが、少しだけむっとした顔でこちらを見たが、無視した。




やがて、廊下の向こうから、一つの足音が近づいてくる。昨日よりも、ほんの少しだけ、その足取りに迷いが少ないように感じられた。



約束の時間ぴったりに、凛が姿を現す。



その表情は硬いが、昨日ほどの憔悴は見られない。彼女は、扉のメモに気づき、訝しげにそれを手に取った。



メモを一読した凛の眉が、ぴくりと動く。



『今日も一時間、何もしないで過ごせ。ただし、部屋に入ったら、まず最初に、誰もいない壁に向かって、今日自分がやった一番くだらない失敗を、声に出して一つだけ報告すること。魔法は禁止』



「……失敗、報告……?」


彼女の口から、困惑に満ちた呟きが漏れるのが、ここまで聞こえてきた。


意味不明な指示。馬鹿げている。


そう思っているだろう。



だが、昨日、「来るか来ないかはお前が決めろ。どうせ来ないだろうがな」と、オレは彼女のプライドを完璧に刺激しておいた。


ここで引き返すという選択肢は、今の彼女にはないはずだ。



案の定、凛は数秒間、メモを睨みつけていたが、やがて、大きなため息を一つついて、意を決したように部屋の中へと入っていった。


「よし……食いついた」


オレは、物陰で小さくガッツポーズをした。





ミオが仕掛けたドローンが、室内の様子を映し出す。


部屋に入った凛は、まず壁に向かって立ち尽くしていた。


その背中からは、昨日以上の葛藤が伝わってくる。


彼女は、何かを言おうとして口を開きかけ、しかし、声が出せずに、また口を閉じる。



その動作を、何度も、何度も繰り返す。



顔が、みるみるうちに赤くなっていくのが、モニター越しにも分かった。



魔法の失敗ならまだしも、今日起こった、あまりにも個人的で、子供っぽくて、誰にも知られたくない失敗。



それを、他人にーーたとえ相手が壁であってもーー声に出して報告するなど、彼女の『氷の女帝』としてのプライドが、それを許さない。



「が、頑張れ……! 凛さん!」


隣で、陽菜が拳を握りしめて、小さな声で応援している。



「……単純な音声出力命令に対し、これほどの心理的抵抗が発生するとは……『失敗』の定義に対する、強い個人的価値観の介在が推察されます。興味深いデータです」


ミオは、冷静に、しかしその瞳は好奇心に輝いている。こいつ、完全に研究者モードだな。



凛の葛藤は、五分以上続いただろうか。



やがて、彼女は、まるで腹でも括ったかのように、ぐっと顔を上げた。


そして、長い、長い沈黙の後。


ついに、蚊の鳴くような、ほとんど聞き取れない声で、壁に向かって呟いた。




「……け、今朝……わたくしの、部屋で……」


声が、震えている。




「サメ吉を……踏んで、転んで……」


サメ吉? なんだそりゃ。




「作りかけの、ニードルフェルトのリスが……壊れました……っ」


その一言を言い終えた瞬間、彼女は、まるで全身の力が抜けたかのように、その場にへたり込んでしまった。




顔は真っ赤で、肩で大きく息をしている。


まるで、人生最大の屈辱を味わったかのような、そんな表情だった。






その後、凛は昨日と同じように、ただ椅子に座って、一時間を過ごした。



しかし、昨日とは明らかに様子が違った。



貧乏ゆすりや落ち着きのない動きは、ほとんど見られない。時折、窓の外をぼんやりと眺めたり、自分の指先を見つめたりしている。



心の重荷を、ほんの少しだけ、本当にほんの少しだけ、下ろすことができたのかもしれない。



一時間後、凛は静かに部屋を出ていく。


オレたちが物陰で合流すると、開口一番、陽菜がきょとんとした顔で尋ねてきた。



「……先生。サメ吉って、何? ニードルフェルトって……?」


「さあな。だが、まあ、なんだ。あいつにとっては、それが今日一番の『やらかし』だったんだろ」


オレは、ミオの方を見た。


ミオは、データを指し示しながら報告した。


「……発声を確認。内容は不明瞭ながら、自己の失敗を言語化し、外部に出力するというプロセスは、成功と判断できます。発声後のストレスレベルは、昨日よりも有意に低い数値を示しました」



「ああ、上出来だ」



オレは、先ほどの凛の告白ーーサメのぬいぐるみで転んで、リスの人形を壊したーーを思い出し、ニヤリと笑った。



「サメのぬいぐるみで転んで、リスの人形を壊した話をするだけで、あれだけ消耗するんだ。傑作だな」



陽菜が「え、そうなの!? 可愛い!」と、少しズレた反応を示す。


ミオは「……ぬいぐるみと、手芸ですか。一条院凛のペルソナデータとの乖離が、著しいですね……」と、真顔で分析している。



オレは、そんな二人を見ながら、続けた。


「だが、第一歩だ。『失敗しても、世界は終わらない』ってことを、あいつの脳ミソに、少しだけ刷り込めた」



「よし、明日は、もう少しだけ、負荷を上げてやるか」


オレは、悪戯っぽい笑みを浮かべた。



「……第三段階フェーズの『指示書』を準備するぞ」


陽菜とミオが、期待と不安の入り混じった顔で、頷くのが見えた。



ー退学と記憶消去まで、残 20日ー

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