第一六話 : 最初の仕掛け
「……次の作戦会議を始めるぞ」
オレの言葉に、陽菜とミオが再び真剣な顔つきになる。
場所は、旧校舎へと続く渡り廊下の、窓際のベンチ。
夕暮れの光が、三人の影を長く、長く伸ばしていた。
夕方にうつるにつれ周囲の喧騒もどこかに消え、その静けさがいい塩梅で定例会議のような緊張感をだしている。
「問題は、どうやって凛を、あの部屋に『自らの意志で』入らせるか、だ」
オレがそう切り出すと、一番に口火を切ったのは、やはり陽菜だった。
「そんなの、簡単だろ! ボクが直接、正直に話す! 『安全な場所を見つけたから、一緒に行こう!』って!」
彼女は、まるでそれが唯一の正解であるかのように、自信満々にない胸を張る。
だが、その純粋な善意を、ミオの鋭い言葉が切り裂いた。
「却下します」
ミオが、静かに、しかしきっぱりと首を振る。
「彼女は現在、他者からの『同情』を最も嫌悪する心理状態にあると推察されます。その提案は、彼女のプライドを不必要に傷つけ、逆効果です。最悪の場合、我々を敵と認識し、心を完全に閉ざすでしょう」
「じゃあ、どうしろって言うんだよ! 何もしないで見てろってのか!」
「……それは……」
陽菜の感情的な反論に、ミオが言葉を詰らせる。
自身の苦手とする代替案が思いつかず少し目を伏せる。
なんとも犬と猫のじゃれあいを見ているようだ。
........そろそろ入るか
「待て待て。ミオの言う通りだ。今の凛は、助けを差し伸べられること自体がプレッシャーで苦痛なんだ。自信満々で仕事に失敗した奴に、『大丈夫! 次は頑張れますよ!』って無責任に言ってるようなもんだ。 優しさが、仇になることもあるんだよ」
オレは、課題を再定義する。
「『助ける』んじゃない。『解決のヒントが、あそこにあるかもしれない』と、彼女に思わせるんだ。 こっちの飯は美味いと錯覚させてヨダレを垂らさせてやりゃいい」
その言葉に、陽菜とミオは、それぞれのやり方で納得したようだった。
「...よし、方針は決まった。改めて、情報収集だ。今度は、もっと深く掘るぞ」
オレは、二人にそれぞれの得意分野で動くよう指示を出した。
「ミオ。お前の出番だ。
凛の家の魔法の資料と、あの薬学の先生の研究資料。その二つを、AIのデータベースから根こそぎ引っ張り出してこい。
そして、二つの資料を片っ端から付き合わせて、普通じゃ誰も気づかねえような、妙な繋がりがねえか探せ。
経理部と営業部の資料を突き合わせて、使途不明金を探し出すみてえな作業だ。お前の得意分野だろ?」
ミオは、数秒間、黙考した。そして、こてん、とわずかに首を傾げると、静かに答えた。
「…………使途不明金を探し出す作業というのは分かりませんが……分かりました」
その言葉に、隣で陽菜が「ぷっ」と吹き出すのを、オレは睨みつけて黙らせる。
「たくっ........陽菜。お前の番だ。お前は、お前の武器を使え。凛の人間関係を洗え。彼女が、心を許していた数少ない友人や、尊敬していた先輩は誰だ? 彼女が、誰の言葉なら、藁にもすがるかを探るんだ」
二人は、今度は文句も言わず、即座に行動を開始した。
ミオは無言でデータパネルを操作し、その瞳は、まるで深海に潜るダイバーのように、深く、静かに、データの海へと沈んでいく。
陽菜は「任せとけ!」と一つ頷くと、スマホを取り出し、友人たちとのチャットを開始する。
論理と感情。
オレたちの奇妙なチームが、一つの生命体のように、滑らかに機能し始めていた。
頑張れ若者たちよ。
◇
数時間後。
夜の帳が下りた図書館で、二つの真実が、再びオレの元へと集まった。
先に報告を上げたのは、ミオだった。
「……発見しました。一条院家の魔法は、その強大な威力故に、術者の精神状態に極端に左右される特性があります。そして、例の薬学の先生は、その精神を安定させるための、特殊なアロマオイルを研究していました。その未発表の研究資料は、全て『第三魔法薬学準備室』に保管されている、と記録されています」
「……アロマオイル、か。面白いな」
それは、AIが最も軽視する、非論理的なアプローチだ。
そして、ミオの報告が終わるのを待っていたかのように、しっぽを振ってまっていた陽菜が興奮した声で割り込んできた。
「先生! こっちも、すごいのが釣れたぞ!」
「釣れた?」
「凛さん、昔、初等部の頃、一人だけすごく懐いてた先輩がいたんだって! もう卒業しちゃったけど、今でも時々、連絡を取ってるらしい!」
全てのピースが、揃った。
得体の知れねぇ教室にあるお宝に
可愛い後輩を心配する先輩
いいじゃねえか。
「よし、決まった。オレたちは、凛に直接接触しない」
「え、じゃあどうするんだよ?」
「オレたちが流すのは、『噂』だ」
オレは、陽菜に指示を出した。
「陽菜。お前は、その『先輩』の連絡先を、何としてでも突き止めろ。そして、内緒のお手紙を送ってやれ。匿名でな」
オレは、陽菜のデータパネルに、送るべき文面を打ち込んだ。
『一条院家の魔法の暴走を抑えるヒントは、旧校舎の第三魔法薬学準備室にある、恩師の研究資料の中に』
「……これ、なんか、悪くないか? 騙してるみたいで……」
陽菜が、少しだけ罪悪感を感じたように、眉をひそめる。
「騙しちゃいねえよ。全部、事実だろ。オレたちは、ただ、最高の処方箋のありかを、最高のタイミングで、最高の配達人に教えてやるだけだ。……これは、凛のためだ」
........俺のためでもあるって言葉は心のなかに
「……うん。わかった。凛さんのためだもんな……!」
陽菜は、覚悟を決めると、そのメッセージを、未知の先輩へと送信した。
◇
次の日の夜。
オレたちは、再び、第一練習場を見下ろす窓にいた。
凛は、昨日と同じように、失敗を繰り返し、絶望に打ちひしがれている。その姿は、まるで壊れかけの人形のようだった。
だが、その時。
彼女のポケットに入っていたデータパネルが、静かに着信を告げた。
凛は、億劫そうに、それを取り出す。
そこには、おそらく、彼女が信頼する先輩からの、あの「噂」のメッセージが届いていたのだろう。
凛は、しばらくの間、データパネルの画面と、旧校舎の方角を、交互に見つめていた。
その瞳には、疑いと、ほんのわずかな、しかし確かな「希望」の光が揺らめいていた。
ーーそして
彼女は、震える足で、ゆっくりと、しかし確かに、旧校舎の方へと歩き出した。
「……行った」
隣で、陽菜が息をのむ。
「……作戦、成功です」
ミオが、静かに、そして少しだけ満足げに、呟いた。
オレは、ただ黙って、彼女の小さな後ろ姿を見つめていた。
女王が、我々の仕掛けた餌に、食いついた。




