第十五話:最初のプロジェクト
「……答えは、一つです。『失敗しても、何のペナルティもない、完全に安全な環境』を、人為的に構築することです」
ミオの言葉が、夜の練習場に静かに響いた。
論理の女王が、初めて、他人の心を救うための「処方箋」を、自らのロジックで導き出した瞬間だった。
オレは、ニヤリと笑った。
「上出来だ、監査役」
だが、その隣で、話の半分も理解できていないであろう陽菜が、首を傾げる。
「安全な環境って……つまり、どういうことだよ? 実験室を作るって……そんなこと、できるのか?」
その素朴で、最も根本的な疑問に、ミオが、待ってましたとばかりにデータパネルを起動した。
「物理的な遮蔽は悪手です。AIは、ネットワークから途絶した『異常領域』を検知した場合、即座に物理ドローンによる巡回を開始します。監視カメラのレンズを物理的に塞いでも、魔力探知や音響センサーは……」
「おい、ミオ。ストップ」
話がどんどん専門的になっていくミオの言葉を、オレは手で制した。そして、頭にクエスチョンマークを浮かべている陽菜に向かって、ぶっきらぼうに言う。
「要するに、だ。防犯カメラを壊したら、警備員が飛んでくる。当たり前だろ?」
「あ、なるほど」
陽菜が、ぽん、と手を打った。
オレは、ニヤリと笑みを深める。
「隠れるんじゃない。警備会社(AI)の契約書に、『ここは警備しなくていいですよ』って書いてある、たった一つの『穴』を見つけるんだ」
◇
翌日の放課後。
オレたちの、最初の「チーム」としての作戦会議が、図書館の隅で始まっていた。
「よし、役割分担だ。二人に、それぞれ調査を命じる」
オレは、目の前の二人に、最初の「業務命令」を下した。
「ミオ。お前の出番だ。お前は、この学校の、創立以来のクソ分厚い『利用規約』を全部読め。普通は誰も読まねえ、ホコリを被ったような古い規約の中に、さっき言った『穴』が、必ずあるはずだ」
ミオは、何も答えなかったが、その瞳の奥に、わずかな光が宿るのを見逃さなかった。
膨大なデータの海に潜る。それは、彼女にとって、天職のような仕事だったのだろう。
「陽菜。お前の番だ」
オレは、次に陽菜に向き直る。
「お前は、お前の武器を使え。凛の『心』を探れ。 あいつが、一人で泣きたくなった時、どこへ行く? 昔好きだった場所は? どんな些細な情報でもいい。データじゃねえ、人間の心から探ってこい」
「うわ、またゴシップ集めかー」
陽菜は、少しだけ口を尖らせながらも、どこか楽しそうだった。
彼女は、自分の「コミュ力」が、ミオの「分析力」とは違う、チームにとって不可欠な武器であることを、もう理解していた。
ミオは、既にデータパネルを操作し、膨大な規約の海へと、まるで水を得た魚のようにダイブしていく。その隣で、陽菜はスマホを取り出し、友人たちとのチャットを開始する。
論理と感情。
オレたちの奇妙なチームの、二つの全く異なる調査が、同時に進行し始めた。
数時間が経っただろうか。
陽菜が、友人たちとの情報交換を終え、ぐったりとした顔でテーブルに突っ伏している。
その横で、ミオは、一度も姿勢を変えることなく、驚異的な集中力で、データの解析を続けていた。
そして、ついに。
「……ありました」
ミオが、静かに、しかし確信に満ちた声で呟いた。
「旧校舎にある、『第三魔法薬学準備室』。学園創設時の古い規約です。『危険な魔法薬を保管する可能性がある施設は、内部の魔法的安定性を損なうため、外部からの能動的な魔力探知や映像監視を『禁止』する』と、そう書いてあります。AIの監視システムは、この旧規定を継承し、この部屋を『監視例外領域』として登録しています」
その報告と、ほぼ同時に。
テーブルに突っ伏していた陽菜が、ガバッと顔を上げた。
「先生! 見つけた!」
「うるせえな、いきなり……」
「凛さん、時々、旧校舎の方に行くみたい! 昔、初等部の頃の担任だった、薬学の先生の古い研究資料を探しに、だって……!」
その瞬間、図書館の片隅で、二つの真実が、一つの答えへと収束した。
論理の果てに見つけた「鍵穴」と、感情の果てに見つけた「鍵」。
その二つが、カチリ、と音を立てて噛み合った。
「すげえ!偶然じゃんか!」
陽菜が、興奮したように叫ぶ。
オレは、そんな彼女の頭を、軽く小突きながら言った。
「偶然じゃねえ。必然だ。ミオが『鍵穴』を見つけて、お前が『ピッタリ合う鍵』を持ってきた。ただ、それだけのことだ」
「……まあ、上出来だ。二人とも、今日のところは合格だな」
オレがぶっきらぼうにそう言うと、陽菜は「へへん!」と、これ以上ないくらい得意げに胸を張り、ミオはそっぽを向きながらも、その口元には、ほんのわずかな、しかし確かな笑みが浮かんでいた。
初めての共同作業が、完璧な形で成功した瞬間だった。
だが、オレは、そんな浮かれた空気を、断ち切るように、真剣な顔で問いかけた。
「だが、場所が見つかっただけだ。問題は、どうやって凛を、あの部屋に『自らの意志で』入らせるかだ」
オレの言葉に、二人がハッとした顔でこちらを見る。
「無理やり安全な場所に連れて行っても、怯えた猫は心を閉ざすだけだ。あいつが、自分の足で、そこを『安全な場所だ』と認識しなきゃ、意味がねえ」
「……次の作戦会議を始めるぞ」
オレの言葉に、二人が再び真剣な顔つきになる。
彼らの最初のプロジェクトは、まだ始まったばかりだった。
ー退学と記憶消去まで、残 24日ー




