第十四話:最初の(不協和音な)作戦会議
図書館の静寂の中、三人の間に、気まずい沈黙が流れる。
陽菜はニコニコしているが、ミオは陽菜を「理解不能なバグ」として観察しており、オレは頭痛をこらえるようにこめかみを押さえている。
「やったー! これでボクたち、チームだな!」
陽菜が、空気を読まずに、ぱっと顔を輝かせる。
その言葉に、ミオは、生まれて初めて見る宇宙生物でも観察するかのような、心底不可解な顔を、陽菜に向けた。
オレは、その混沌とした光景を見て、ただ深く、深いため息をつく。
「いや、陽菜……これは、地獄の始まりだ……」
「えー、なんでだよ! 仲間が増えたんだぞ!」
そう言って笑う陽菜の純粋さが、今は眩しいを通り越して、少しだけ目に染みた。
やる気だけが空回りする新人(陽菜)と、能力は高いが批判だけは一人前の評論家。その二人に挟まれる、中間管理職の地獄。
前世で、オレが最も嫌というほど経験した構図が、この異世界で、完璧に再現されようとしていた。
この混沌を収めるため、オレは無理やりリーダーシップを発揮する。
「よし、ごちゃごちゃ言ってても始まらねえ。第一回作戦会議を始める。議題は、二人目のターゲット、一条院凛の攻略についてだ」
「おー! 会議! お菓子とか買ってくるか!?」
「非効率です。目的が定義されていない会議は、時間の浪費です」
陽菜とミオが、同時に、正反対の反応を示す。
ああ、もう帰りたい……。
◇
数十分後。
オレたちは、改めて三人のターゲットの情報を共有していた。
オレは、凛の『呪い』の本質――それがプライドではなく、『失敗=破滅』という恐怖からくる、強迫観念であることを二人に説明する。
「まずは、その恐怖の源を、もっと具体的に知る必要がある。情報収集が、最初のステップだ」
オレは、二人にそれぞれの得意分野で動くよう指示を出した。
「陽菜。お前は、お前の武器を使え。クラスの連中から、凛の最近の様子について、噂話でも何でもいい、情報を集めてこい。特に、失敗したっていう三週間前のテストの前後の変化について、だ」
「任せとけって! ゴシップなら得意だ!」
陽菜は、自分の「コミュ力」が武器として認められたことに、満面の笑みで胸を張る。
「ミオ」
オレは、隣に座るミオに視線を移す。
「お前は、AIのデータベースにアクセスして、凛の過去の成績データ、特に、三週間前のテストで失敗した時の、詳細な魔法行使ログを引きずり出してくれ。お前のその目で、客観的なデータを分析してほしい」
ミオは、何も答えなかったが、その瞳の奥に、わずかな光が宿るのを見逃さなかった。
彼女は、自分の「情報分析能力」が求められたことに、少しだけ満足しているようだった。
その日の夕方。
オレたちは、再び図書館の隅に集まっていた。
ミオは、すでに膨大な量のデータを解析し終えていた。その隣で、陽菜が、集めてきたばかりの、生々しい情報をまくしたてる。
「凛さん、最近、誰もいない夜の第一練習場で、一人で、ずーっと基礎魔法の練習ばっかりしてるんだって。でも、それすら、全然うまくいかないみたいで……見てるこっちが辛くなるって、みんな言ってた」
陽菜の報告を聞きながら、ミオが冷たく口を挟んだ。
「感情的バイアスに満ちた、信頼性の低い情報源です。ですが、まあ、参考資料としては……」
「でも! みんながそう感じてるってことも、大事な情報じゃんか!」
「感情は、事実を歪めます」
「論理だけじゃ、人の気持ちはわかんないだろ!」
「論理」のミオと「感情」の陽菜。二人の価値観が、早くも火花を散らす。
オレは、その間に割って入った。
「どっちも正しい。そして、どっちも必要だ。……続けろ、ミオ」
ミオは、少しだけ不満そうな顔をしながらも、データパネルに視線を落とした。
その瞬間、彼女の纏う空気が変わる。水を得た魚のように、その瞳が生き生きと輝き始めた。
「……なるほど。このログを見る限り、彼女の魔力暴発は、単なる制御ミスではありません。発動直前に、脳から筋肉に対して、意図的な『弛緩命令』と『硬直命令』が同時に発せられている。これは……自己矛盾です。魔法を行使したいという意志と、それを拒絶する本能が、肉体を完全にバグらせている」
早口で、しかし的確に、彼女は専門的な分析を語っていく。
その姿は、もはや「沈黙の女王」ではなかった。
自分の得意分野で、存分にその能力を発揮する、一人の優秀なアナリストだ。
「……少し落ち着け、ミオ。お前のその才能は、最高の武器だ」
オレがそう言うと、ミオはハッとしたように口をつぐみ、一瞬だけ虚を突かれた顔をした。
そして、すぐに長い前髪で表情を隠すように俯いてしまったが、その耳が、わずかに赤く染まっているのを、オレは見逃さなかった。
「……現場を、見るぞ」
オレのその一言で、その夜、オレたちは第一練習場を遠くから監視することになった。
◇
そこにいたのは、かつて『氷の女帝』と呼ばれた天才の姿ではなかった。
ただ、震える手で、何度も、何度も、小さな光の玉を生み出そうとしては失敗し、その場に崩れ落ちる、一人の弱々しい少女の姿だった。
「……わかる。ボクも、そうだったから……。もう、どうしたらいいか、わかんないんだよな……」
陽菜は、自分の過去を重ね、目に涙を浮かべている。
「……データ通りです。彼女は、魔法を発動する以前に、『成功する自分』をイメージすること自体を、脳が拒絶している」
ミオは、あくまで冷静に、しかし、その声には、どこか他人事ではない響きが混じっていた。
「ああ。二人とも、よく見ておけ。あれが、AI『アルカディア』が作り出した、もう一人の犠牲者だ」
オレは、静かな怒りを滲ませながら、呟いた。
その痛々しい光景に、陽菜が、ついに耐えきれなくなった。
「もう見てられないよ! ボク、話しかけてくる!」
感情的に飛び出そうとする陽菜の腕を、ミオが、掴んで制止した。
「無意味です。彼女の魔力循環は、現在、極度の心理的ストレス下にあります。この状況での直接的な介入は、さらなる失敗を誘発し、状態を悪化させる可能性が高い」
「じゃあ、どうしろって言うんだよ! このまま見殺しにしろってのか!」
「……それは……」
ミオが、言葉に詰まる。
論理は、現状を分析できても、未来を切り開くための答えは、まだ持っていなかった。
オレは、そんな二人を止めた。
「待て。陽菜、お前の気持ちは正しい。ミオ、お前の分析も正しい。だが、二人とも、一番大事なことを見落としている」
凛に必要なのは、励ましでも、正しい分析でもない。
彼女が今、一番欲しいものは、たった一つだ。
オレは、ミオに問いかけた。
「ミオ。お前のその完璧なロジックで答えろ。失敗を恐れる人間が、唯一、安心して行動できる環境とは、どんな環境だ?」
ミオは、崩れ落ちる凛の姿と、オレの顔を、交互に見る。
そして、長い、長い沈黙の後。
彼女は初めて、自分自身の意志で、「育成」に関する提案を、その口にした。
「……答えは、一つです。『失敗しても、何のペナルティもない、完全に安全な環境』を、人為的に構築することです」
その言葉を聞いたオレは、ニヤリと笑った。
「上出来だ、監査役」
陽菜が「安全な環境って……つまり、どういうことだよ?」と首を傾げる。
ミオが、少しだけ、本当に少しだけ、楽しそうに、そして自信ありげに答えた。
「簡単なことです。AIの評価システムが介入できない、我々だけの『実験室』を作るのです」
彼らの「チーム」が、本当の意味で、初めて一つの目的に向かって動き出した。
その光景を、遠くの校舎の窓から、AI『アルカディア』の監視カメラが、静かに見つめていた。
ー退学と記憶消去まで、残 25日ー




