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くたびれ四十路の「魔法学園マネジメント」 〜AIの『最適解』は非効率だ。俺の『育成論』で、心が限界な少女たちを救ってみせる〜  作者: いちた


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第十二話:言葉ではない『対話』(後編)



翌日の放課後。



図書館へと向かう道すがら、オレは隣を歩く陽菜に、新たな作戦の骨子を説明していた。



「昨日の敗因は、オレが奴と同じ土俵――魔法理論で戦おうとしたことだ。今度は、オレの土俵に引きずり込む」



「先生の土俵って……?」



「ああ」とオレは頷く。



「オレは魔法学者じゃねえ。ただの、ちょっとビジネスや数値が得意な、キラキラ高校一年生彼女なしな一般生徒だ。だから、魔法理論を深化させる『学術論文』なんかじゃなく、その理論を『実利の視点』で、木っ端微塵にこき下ろす、痛烈な『ビジネスレポート』を、昨日の夜、一晩で書き上げた」



オレの目元には、昨日からの徹夜を物語る、うっすらとしたクマができていた。



「はぁ!? 一晩で!? 先生、フラフラじゃんか!」

陽菜が、信じられないという顔で目を見開く。



その反応は、心地よかった。四十のおっさんにも、まだガキを驚かせるくらいのスキルは残っていたらしい。


ふん。徹夜もできる体になったことを感謝しねぇとな。


オレは、データパネルを起動し、そのレポートのタイトルを「…そっか…いないんだ」などと呟いてる陽菜に見せた。



『報告書:『マナ相転移理論』の商業的価値(ROI)の欠如と、代替リソース配分に関する提言』



「……商業的価値? ROI?」



「費用対効果だ。要するに、『その小難しい理論、クソほど金と時間がかかるくせに、儲からねえから無価値だ』ってレポートだ」



「うわ、性格悪い……!」



「これが、オレの戦い方だ。そして、この中には、あいつにしか気づけない、巧妙な『罠』を一つだけ仕込んである」



「罠?」



「ああ。オレが提案した代替案の中に潜ませた、計算上の、ほんのわずかな矛盾だ。あいつは、絶対にそれを見つけて、訂正せずにはいられなくなる」



陽菜は、「先生、本気で楽しんでないか……?」と、少しだけ引いたような顔でオレを見ていた。






図書館の、昨日と同じテーブル。


作戦は、昨日よりもさらに陰湿だった。


オレは、書き上げた挑発的なレポートを表示させたデータパネルを、わざとらしく机の上に置く。論文のタイトルは、ミオの席からでもギリギリ読めるように調整済みだ。



「陽菜、ちょっと喉が渇いたな。ジュースでも買いに行くか」


オレは、データパネルをスリープにもせず、画面をつけたまま席を立つ。


「うわ、やり方が陰湿すぎる……! これで本当に釣れるのかよ?」



「釣れるさ。あいつは、自分の信奉する理論が、全く別の価値基準で『無価値』と断じられている。この侮辱を、無視できるほど人間が出来てねえよ」



オレと陽菜は、少し離れた書架の陰に隠れ、ミオの動きを息を殺して見守った。



まさに、餌を撒いて、魚が食いつくのを待つ、釣り人の心境だった。


ミオが、ちらりとオレたちの席に視線を送る。


挑発的なレポートのタイトルが、彼女の目に留まったのが分かった。



彼女の指が、ぴくり、と止まる。いや、止まるどころか、わずかにうずうずと震えているようにも見えた。



「商業的価値? リソース配分? 馬鹿馬鹿しい……」

そう言いたげな、冷たい侮蔑の空気が、こちらまで伝わってくる。



一度は、彼女の視線は本に戻った。



だが、数秒後、もう一度、そして、さらに執拗に、オレたちの席へと視線が送られる。



その鉄壁のポーカーフェイスが、ついに崩れた。



眉間にわずかなシワが寄り、口元が「むむむ」とでも言いたげに引き結ばれる。


そして、その白い頬が、ほんのりと赤く染まっているのを、オレは見逃さなかった。



自分の信じる学問の価値を、土足で踏みにじられた。その事実が、彼女のプライドと知的好奇心を、昨日とは比較にならないレベルで刺激しているのだ。



ミオの指が、止まった。



数秒間、彼女は葛藤するように本を見つめる。

そして――ついに、その知的好-奇心が、彼女の鉄壁のポーカーフェイスを上回った。




ミオが、静かに席を立とうとした、まさにその瞬間。



ピーンポーン……



図書館のスピーカーから、AIの無機質なアナウンスが響き渡った。



『警告。長時間放置されている個人端末を検知しました。セキュリティ規定に基づき、三十秒後に端末を強制ロックし、データをシステムに提出します』



「……クソっ!」



オレは、思わず小声で悪態をついた。

AI『アルカディア』の、完璧なタイミングでの妨害工作だった。



ミオの動きも、止まる。



『ロックまで、二十秒』



カウントダウンが始まった。どうする? このままでは、オレのレポートは、AIの手に渡ってしまう。



その瞬間、ミオの表情から、初めて感情というものが消えた。



いや、違う。



論理的な思考が、感情を凌駕する速度で回転しているのが分かった。



彼女は、静かに席を立つと、まるで最初からそうするつもりだったかのように、一直線にオレたちの席へ向かう。



そして、強制ロックが実行される寸前に、オレのデータパネルを手に取ると、そのまま自分の席へと持ち帰ってしまった。



「えええ!? 持ってっちゃったよ!?」

書架の陰で、陽菜がパニックになっている。



だが、オレは、その一部始終を、ただ息をのんで見つめていた。

ミオは、自分の席に戻ると、オレたちが隠れている書架の方をちらりと見た。



そして、誰に聞こえるでもない声で、しかし、明確な意思を持って、こう呟いた。



「……忘れ物は、持ち主が戻るまで、預かっておくのが、ここのルールですから」



彼女は、AIの定めた「ルール」を逆手に取り、オレの「レポート」を手に入れるという、最高にクレバーな一手で、この盤上のゲームに応じたのだ。



そして、続けた。



「……それに、このレポート、いくつか、致命的な計算ミスがありますね」



陽菜が呆然とする隣で、オレは、心の底から楽しそうに、そして獰猛に、笑っていた。



ああ、そうだ。こうでなくちゃな。



オレは、隠れるのをやめ、堂々と、ミオが待つテーブルへと歩き出す。



「では、どこが非効率か、ご指導願おうか。――水瀬ミオ“先生”?」



本当の「対話」が、今、始わろうとしていた。

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