第九話:一番弟子の、痛烈な指摘
ま、まだまだぁ!!
「……大丈夫かよ、先生?」
心配そうに、陽菜がオレの顔を覗き込む。
そのまっすぐな瞳に、オレは、なんと答えるべきか、分からなかった。
大丈夫なわけがない。
だが、こんなガキに、自分の絶望的な状況を話してどうなる?
「……ああ、問題ない」
オレは、無理やり口の端を吊り上げて、そう答えた。
だが、陽菜は、もう騙されてはくれなかった。
彼女は、オレの手からデータパネルをひったくると、そこに表示されたAIからの指令――三人の育成、三十日の期間、そして、失敗すれば全員記憶消去という、絶望的な契約内容――を、その目で見てしまった。
「……な……」
陽菜の顔から、さっと血の気が引いていく。
「なんだよ、これ……。ボクだけじゃなくて、先生も……それに、この三人も……」
「陽菜、それは……」
「……ふざけるな!」
彼女は、わなわなと震えながら、叫んだ。
「なんで、先生ばっかり、こんな……! ボクを助けてくれたのに、なんで!」
その瞳には、怒りと、そして、どうしようもない無力感への涙が浮かんでいた。
オレは、彼女から静かにデータパネルを取り返すと、その電源を落とした。
「……お前の知ったことじゃない。これは、オレとAIの契約だ。お前は関係ない」
「関係なくない! ボクだって……!」
「黙れ」
オレは、これ以上ないほど冷たい声で、彼女の言葉を遮った。
「いいか、陽菜。これはガキの遊びじゃねえんだ。オレが失敗すれば、記憶を消される。それだけだ。お前を巻き込むわけにはいかねえんだよ。足手まといになるだけだ。わかるな?」
それは、彼女を突き放すための、最も合理的で、そして、最も残酷な言葉だった。
前世で、後輩を守れなかった後悔。
二度と、目の前で誰かを壊させたくない。その一心から出た、不器用な優しさだった。
陽菜は、オレの言葉に、ぐっと唇を噛みしめた。
俯いて、その瞳から涙がこぼれ落ちるのを、オレはただ黙って見ていた。
これでいい。
これで、こいつはこの面倒事から手を引くはずだ
――だが、次に顔を上げた陽菜の瞳には、もう涙はなかった。
代わりに宿っていたのは、まっすぐな、怒りの光だった。
「……ガキって言うなよ。ボクたち、同い年じゃんか」
「ぐっ……!」
思わず、言葉に詰まる。
そうだ。忘れていた。
四十年の魂がいくら喚こうと、このガワは、こいつと同じ十代のガキだった。
その一瞬の隙を、陽菜は見逃さなかった。
彼女は、涙の跡が残る頬のまま、一歩、オレに詰め寄る。
「それに、足手まといになるかどうかは、先生が決めることじゃない! ……答えてよ、先生。ボクを助けるの、大変じゃなかったのかよ?」
「……は?」
予想外の質問に、オレは虚を突かれた。
「ボク一人を助けるのですら、先生は毎日、ボクのことばっかり考えて、ボクの話を聞いて、ボクのために時間を使ってくれた! そうだろ!?」
「……まあ、仕事だからな」
「なのに、今度は三人もだぞ! しかも、ボクとは全然違う、もっと大変そうな奴らを、たった一人で、同時にだ! そんなので、本当に手が回るのかよ!」
彼女は、畳み掛ける。
その言葉には、難しいビジネス用語など一つもない。
だが、その代わりに、彼女自身の「経験」からくる、圧倒的な説得力があった。
「先生が一人で抱え込むのは、一番『効率が悪い』だろ! 先生の『時間』と『心』が、絶対に足りなくなる! それこそが、一番の『リソース不足』じゃないのかよ!」
それは、オレが彼女に教えた、小難しいフレームワークではなかった。
オレの行動を見て、彼女自身が学び取り、自分の言葉で再構築した、生きたロジック。
その刃が、今、そっくりそのまま、オレ自身の喉元に突きつけられていた。
オレは、何も言えなかった。
目の前にいるのは、もう、雨の中で泣いていた、か弱い少女じゃない。
オレの武器の本質を理解し、それを使いこなし、そして、師であるはずのオレの矛盾を的確に撃ち抜いてくる、一人前の「相棒」だ。
オレは、観念して、天を仰ぎ、この世の終わりのような、深いため息をついた。
「……ああ、クソ。面倒くせえ……」
「……じゃあ」
「……わかったよ! 手伝え! その代わり、絶対に足手まといになるなよ!」
「――当たり前だろ!」
陽菜は、初めて見せる、太陽のような笑顔で、力強く、にっと笑った。




