ご主人様、それは多分悪役令嬢として断罪されちゃう奴ですよ
「助けてエルテッサ! このままじゃわたし、多分殺されちゃう!」
お城に響き渡るご主人様の嘆きの声。
その声は、明確にメイド長である私に対しての助けを求めている。
……まぁ、ご主人様がこう嘆くのはいつものことです。
具体的には今月は中旬くらいなのに4回目くらいだと思い出せるくらいには。
「ご主人様、今回はどんなトラブルですか? 魔法を間違って身分の高い方に命中させてしまったとか、そんなアホみたいなトラブルじゃないですよね?」
「ち、違うよ! 今回はそんなヘマはしてない! っていうかアホって言った!? 一応主なんだけど、私!」
「はぁ、トラブル解決するのはいつも私なんですからそれくらいは言いたくはなりますよ」
私のご主人様のフィリアは、悪役令嬢として評価されてしまっている。
理由は単純だ。トラブルメイカー過ぎて、悪役っぽい立ち振る舞いになってしまうことが多いからだ。
魔法の練習中に身分が高い貴族に自慢の魔法を当ててしまった事故は記憶に新しい。
あの時は『俺を狙っていた暗殺者の目を欺けたからむしろ助かった』と当人に言われたからまだよかったものの、世間の目はかなり厳しいものになっていた。高貴な貴族の人が世論を頑張って動かしてはいるものの、どうにも世論というのはすぐに変えられない。
正直、私もご主人様のことはアホだとは思っていますが、それはそれとして悪役令嬢として血も涙もない人だと思われるのはメイドとして複雑な気持ちになるのはまぁまぁ、事実としてあります。
「で、今回のトラブルは?」
「……お菓子、食べすぎちゃった」
なんだ、ただの悩みの暴露か。
それくらいなら殺されることはないだろう。
変な人に捕まったとかそういうのじゃないだけましだと言うことにします。
「太るだけですね。ご愁傷様です」
「ち、違うよ! 太るだけで殺されちゃうってどんな人よ!?」
「ちょっとお腹がむにっとしてたら殺意を向けてくる人がいるかもしれないので」
「あぁ……わかる。って、そういうのじゃなーい!」
「では、お菓子の食べすぎがどういう風に殺されるのに繋がるのか聞かせてもらいたいですね」
「そ、それは、そのね……」
少し躊躇したのち、ご主人様が言葉を続ける。
「王国にさ、ちょーっと高級な貴族のスイートショップがあるでしょ?」
「グランデアですね。休暇中の部下のメイドによくお土産として買ってたりします」
「……やば、わたしエルテッサにも殺されるかも?」
「は?」
「ひえっ」
思わず威圧的な声が出てしまった。
あぁ、そういえば私はメイド長です。いくら殺意があってもご主人様に向けるのはありえないです。
「せ、先月の収益がよかったからさ、そのね、グランテアのお菓子とかスイーツを毎日買ってたんだよね、最近。ケーキとかいっぱい食べちゃったりもしてた。特に特製のやつとか狙ってね」
「なるほど」
これは新事実だ。
雇用しているメイドの楽しみであるグランデアの特製ケーキが売り切れていたのはご主人様が原因だったと。
再現ケーキを作っていた手間を考えるとこれは許されないかもしれない。
「普段買っていたケーキが売り切れてたのはフィリアお嬢様が原因だったとメイドたちに伝えておきましょうか。多分下剋上されますね」
「身内に断罪とかされるのは勘弁してほしいんだけどなぁ!?」
「これは失礼、私の小言程度で許しておきます」
「エルテッサの小言も怖いんだよなぁ」
「何か言いました?」
「いえ、なにも!」
まぁ、釘を刺されるような出来事があればケーキを買うのも控えるだろう。
そういうことにしておいて、今は目の前のことに集中しておくことにします。
「グランテアのスイートでなにかしらトラブルがあったのはわかりました。端的に言ってみてください」
「超爵位が高いグルメな女貴族がこの国にやってくるみたいなんだけど、その方が一ヶ月に一回の特製ケーキを食べてみたいと言ってたの」
「……それを食べてしまったと?」
「うん。貴族の方が言い出すちょうど一日前に」
……はい。
これはもう、おしまいですね。
普通に考えたら積みの状況です。
「お疲れさまでした、ご主人様。ご主人様の雄姿は来月くらいまでは忘れません」
「少しは私のことをかばってよ!?」
「普通に考えると絶望的な状況ですので、そう言ってみただけです。まぁ、このままだと間違いなく断罪は逃れられないでしょう」
「な、なんでそう言い切れるの!?」
「上級貴族のグルメリアさんですよね、きっと言い出してるのは」
「そ、そう! その人」
それではっきりする。
私の生活の為にも本気を出さないといけない。
「彼女、食に対して妥協しないタイプです」
「妥協するような状況になったら……?」
「なりません、そうさせた相手は罪状をおっ被せて断罪させられましたので」
「……こわー」
「ギロチンもありえますね?」
「首がすぱーんってなるのはいやぁ!」
「では、対策を練るしかないですね」
「はい」
そんなこんなで、私はご主人様と一緒に断罪回避の為の対策を取ることになった。
下手すれば私も住居を追われそうな状況なので、ここは本気で取り組むべきだ。
裏町。
ご主人様が主に活動拠点にしている場所だ。
階級が高い相手に対してのトラブルを多く発生させているフィリアという人物は不思議と階級が低めの人に人気が出ているのだ。
特に、階級とは無縁の暮らしをしているような存在からは強い支持を得ている。
そうした人と連携して、貴族としてうまくやりくりしているのが私とご主人様だ。
なお、お屋敷にいるメイドはこの事実を知らない。
「フィリア嬢! こいつを受け取ってくだせぇ!」
裏町ギルド。その受付にて荒くれものがご主人様に話しかける。
その手元にはエメラルドのように輝く果実があった。
「ありがとう、この果物はどこの?」
「へっへっへ、神秘の森よ。あそこの魔力をたっぷり吸収したから一級品なことは間違いないぜ。それといくつか言われてきた食材を用意してきたから確認してくれ」
「確認します」
袋を手渡されたので、その中のスイーツ用の具材を見つめていく。
問題なく良質な品だ。王都の食品とぶつかり合えるだけの品質がある。
「ありがとうございます、これはいい切り返しの一手になりますね」
「グルメリアに喧嘩を売ったんだろ? やっぱ最高だぜ、フィリア嬢!」
「わたしは売りたくて売ったわけじゃないんだけどね……」
「グルメリアに対して裏町のグルメが伝われば、さらに俺たちの売り上げも上がるからな! 負けんなよ!」
「負けたらギロチンかもだし、頑張るよ」
「えぇ、みっちりお仕置きされないように私もご主人様をサポートします」
ギルドの人々から様々な食材を貰い、次に調理場に向かう。
さて、ここからが本番だ。
「ご主人様、スイーツ作りの時間です」
「……エルテッサが作るのじゃ駄目なの?」
「私が作ってもグルメリアは満足することはないと思います。それに彼女は誠意をとても重要視します」
「『責任を果たせなかったら、わかってるな?』とかそういうやつだよね」
「はい、身体の一部が取られるだけならましかもしれませんね?」
「ぜ、全力で取り掛かります」
「よろしい、では始めましょうか」
こうして調理室での修行が始まり、グルメリアがやってくる当日までにスイーツ作りの腕を上げていった。
最初のご主人様の腕前はかなりポンコツで、思わず呆れてしまうほどだったものの、私の手ほどきを受けていき、大分成長して、最終的にはお店の料理クラスの腕前へと成長することができた。
……ここまでできたら自分で料理を作ってほしいものです、なんて一瞬思ったりもしましたが、それはそれで寂しいのでご主人様の料理はこれからも私が作っていきます。
そんなこんなで、私たちはグルメリアがやってくる日を迎えたのです……
「ここですわね? 例の不届きものがいる場所は」
「はい、間違いないかと」
中央広場。
そこでグルメリアと私のご主人様……フィリアが対峙していた。
周囲には人が多く集まっている。
噂話に耳を傾けると、フィリアはもうおしまいだという声がいくつか聞こえてきた。
……まぁ、普通に考えたらそうなりますよね。グルメリアの断罪から逃れられた人は今までいないのですから。
「そこの貴女」
「は、はい」
「わたくし、グランデアの限定のケーキが食べたかったんですの。そのケーキを食べた罪はどう償うつもりです?」
「そ、それは……」
威圧感のあるグルメリアの態度にご主人様は硬直する。
なにも言えなかったらなすすべもなく終わりだ。
……私がなにか、言うべきでしょうか。
そう思った時でした。
「わ、私がグルメリアさんを満足させるスイーツを作ります!」
そう、はっきり言葉を告げた。
まず第一歩を踏み出せた。そう思い様子を見る。
しかしグルメリアは呆れた表情でため息を付いた。
「あら、たかが下級貴族になにができるというのですの? それに貴女、悪役令嬢って噂ですし……なにか悪いことを企んでいるに違いありませんわ」
「あ、うぅ……」
「はぁ、面倒だわ。さっさと断罪してしまいましょ?」
言葉に詰まるご主人様。
ここは私の出番だろう。
「とるに足らない貴族……そう思いこんで料理スキルを確かめないのは損だと思いません?」
「このグルメリアに口答えする気?」
「違います。単純に貴女様が機会を失ってしまうのは避けたいというだけです。断罪相手が食事を作るなんて前代未聞でしょう?」
「……なるほど」
にやりと笑うグルメリア。
これはうまく行っただろう。
内心ほっとする。
これで、ご主人様の寿命は少し伸びました。
「作らせてみなさい。ただし、毒の警戒は怠らないように」
「はっ!」
部下に命令し監視が行われる。
その中で調理器具や具材が用意されていく。
ご主人の戦いが始まる。
「作りなさい」
「はい……!」
神秘の森の果実が切られていく。
エメラルドの香りがするその果実の半分を果汁のジュースへと磨り潰していく。
「あの果実……知らないわ」
「神秘の森で取れるエメリアという果実です。濃厚な味わいが印象的なので砂糖などは使いません」
「そのまま飲めると? 面白いわね」
「食前の飲み物としておすすめです」
とん、とご主人様が私とグルメリアの前にエメリアのジュースを置く。
果汁の爽やかな印象を感じさせる。
部下に毒を確認させたグルメリアは静かにそのジュースを味わった。
「なるほど、すっきりした味わいね。スイーツを求める味わいには物足りないけれど、悪くはない」
最初の印象は問題なさそうだ。
次のスイーツを用意すれば評価は変わるだろう。
「次、ヴァルブン作るね!」
「応援します」
私たちの強みは奇想天外な料理なはずだ。
王道で行っても勝てない。そう思い、ある程度特殊なスイーツを用意した。
「ヴァルブン? 聞いたことのないスイーツだわ」
「ヴァルブは知ってますか?」
「あぁ、あのこねるとモチモチするやつ? あまり食べないわ」
「そちらをたっぷりこねて、甘く仕上げた料理です。風の噂では異世界の『サクラモチ』という料理に似た味わいなんだとか」
「へぇ、異世界料理ねぇ……興味が湧いてきたわ」
ヴァルブは桃色の穀物だ。
こねればこねるほどしっかりと形が出来上がり、焼き上げると独特な甘さを引き出す。
私がメイドたちに時々支給しているおやつがヴァルブンで、得意料理の一つだ。
当然その技術は今、ご主人様に継承されている。
「で、出来上がり……!」
汗を拭いて、ご主人様が私たちに皿に乗せたヴァルブンを手渡す。
グルメリアは興味深そうな表情で味わっていた。
「……へぇ、あのヴァルブにこのような食べ方が……じいや!」
「なんでしょうか」
「レシピを覚えなさい」
「では、私の方から手渡します。これを使えば作れるかと」
ヴァルブンのレシピをじいやと呼ばれた人物に手渡す。
これで許されるか。
そう思っていた時だった。
「悪くないわね、悪役令嬢のフィリア。しかしこれで助かるとは思わない方がいいわよ。わたくしを唸らせるようなデザートがないのですもの」
「いままでのは余興と?」
「えぇ、そうね。次の一品でガツンとしたものを作れなければ残念だけど罪人よ。さ、覚悟して作りなさい?」
まだ彼女は許せていなかったみたいだ。
そうなるととっておきの切り札を出すしかないだろう。
思い立った私はご主人様に目配せします。
それで理解したご主人様はそそくさと『切り札』を用意していきました。
「全力投与でいくよ!」
そう宣言したご主人様は行動に移っていく。
大型のグラスの中にケーキを投与。
「えっ、なにを?」
コレッタの実を粉々に砕いたサクサクした調味料を散らして、チョコレートの段を作る。
そうしてできた段の上にさらにケーキ、そしてエメリアやレットルといった様々な果実を挟んでいく。
「ケーキだけじゃないの? 何を作ってるの?」
さらにあのスイーツ店グランデアで製法されるような冷たいアイスを3つ乗せる。
その上に、カラフルな彩りを作って完成だ。
「異世界技術複合料理『フィリア・ド・パフェ』の出来上がり!」
「い、異世界技術の料理、ですって……?」
「ご主人様も私もかなり練習して会得した料理です、是非召し上がってみてください」
裏町はその性質上異世界の住民が訪れやすい性質もある。
そこで伝わって来た料理を私たちは今回、この場でぶつけたのだ。
「いただくわ!」
スプーンを取り出し、味わうグルメリア。
その表情はまるで少女のように輝いていた。
「美味しいっ!」
食べる手が止まらない。
彼女は幸せそうにスイーツを味わう。
「様々な味が交じり合ったこの味! 異世界のことをもっと知る必要もあるわね!」
「……わ、わたし、許されましたか?」
「えぇ、合格よ! 断罪しないでおいてあげる!」
「よ、よかったぁ……!」
これで無事に断罪は回避することはできただろう。
悪役令嬢の汚名も返上できたに違いない。
これでひと段落。
はぁ、私もようやく休憩できます。
そう思った交流会でした……
「助けてエルテッサ! このままじゃわたし、多分断罪されちゃう!」
安心したのもつかの間、次の日にご主人様は涙を目に浮かべながら私に助けを求めてきました。
「……次の原因は?」
「グルメリアがデザート作ってくれないと罪状作るって!」
「はぁ、うかうか休んでもいられないですね」
まぁ、それでも悪役令嬢として何か言われてしまうよりはましでしょう。
そう思い、私も立ち上がります。
「よし、協力しましょう。こういう時は行動するのが一番ですからね」
「……もし逃げたりしたら、どうなるかな」
「ご主人様」
笑顔で私は答えます。
なんだかんだで、私はご主人様の安全を最優先したいので。
「それは多分悪役令嬢として断罪されちゃう奴ですよ」
「ですよね……」
「そうとわかったら行きましょう、変な罪で断罪されないように」
「わかった、頑張るね」
どうやら、ご主人様と私のトラブルもある日々はこれからもまだまだ続いていくみたいです。
お屋敷の窓から見える景色は前よりも何故だが明るく見えました。