第7話『悪女』
「な~んか、思ってたのと違う感じになっちまったわねぇ。そう思わない?ポチ。」
『ギャウ!』
ある日の昼下がり、大神殿に用意された豪華絢爛な聖女専用の部屋にて。この国の聖女であるウィスティレはため息をつき、真っ黒で巨大な竜の頭をよしよし、と撫でていた。竜は開けられた窓から部屋の中に頭を突っ込み、御主人に頭を撫でてもらってご満悦らしい。
元王太子ローガンによる、聖女ウィスティレへの早とちりな断罪劇は、あまりにも早く、そしてあっけなく幕を閉じてしまった。今頃彼はウィスティレの部屋の真下辺りで、“反省”をさせられているのだろう。詳しい事は知らないが、この大神殿の地下に仕舞われた者は、2度と日の光を浴びる事が出来ないらしい。
優秀な第2王子が王太子となり、ローガンの名前はもう忘れ去られている。だが、警句として“愚かな王太子”の話は未来永劫残り続けるだろう。ウィスティレとしてはローガンなど本当にどうでも良かったので、結末に興味はないのだが。あぁ、でもあの男は、あの男だけが“正しかった”。そう、彼女が求めるもの、それは……。
「ちくしょーっ!!!!
アタシは頑張って、めいっぱい悪行の限りを尽くしたつもりだったのに!なんでこうなりやがんのよ!!アタシは、悪女を、目指してるのに!!!!!!」
『グルルッ?』
「その為に、その為だけに、めんどくさい聖女を“引き継いだ”のにぃ……あーッ、悔しい!!!!」
瞬時に防音の結界を貼ったウィスティレは、お手とおかわりしか分からない幼い竜しか聞いていないのを良いことに、大声で文句を巻き散らかすのであった。
そう、ウィスティレは本物のウィスティレではない。しかし、正しく言い表すならば“半分はウィスティレ”ではない。聖女ウィスティレは既に死んでいるに等しいからだ。今から半年前、聖女ウィスティレは死んだ。通りすがりの悪魔によって。
その悪魔は好奇心が強く、特に人間の生活に興味を持っていた。大体の悪魔は享楽的で、スリルや愉悦を求める。だからこそ、この悪魔は聖女の力により多少のダメージを受けるのは承知の上で、聖女のいる大神殿に忍び込んだのだ。そして、死体よりも死んだ顔をした聖女に出会う。
実は、聖女は奇跡を扱うからか長生きが出来ないのだ。心は豚共に貪られ、身体は己の力で蝕まれていく。聖女ウィスティレは己の人生に疲れきっていた。それこそ悪魔を退治するどころか、一切の抵抗をせず魂と身体を差し出そうとしてしまうくらいには。悪魔は歓喜した。聖女の身体を得れば人間世界を好きに遊べ、尚且つ魂を食らえば圧倒的な力を得れる。
……だが、悪魔はほんのちょっと聖女に同情したのだ。そもそも悪魔だって十把一絡げ。世界征服を狙ったり、国一つを遊びで滅ぼすような危険悪魔は極一部。この悪魔はお人好しというか、お悪魔好しの部類に入る。
だから、結果として。悪魔は魂を食うのではなく、同化することにした。消える事を強く望むウィスティレの意識や自我は消えてしまうだろうが、どうせなら、“自ら”の手で復讐したいだろう。
「折角なんだし、やっちまいましょう!
この“聖女ウィスティレ”が、歴代最高の悪女になってやんぜ!!目指せ!暗黒聖女!!!!
オーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッホッホッホッホッホッホッ!!」