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第1話『聖女』


 聖女の国と呼ばれる、聖アルバドロ王国。聖女と呼ばれる特別な存在が、奇跡と呼ばれる不思議な力を使い、長きに渡る繁栄を支えてきた国である。聖女は神殿にて大切に扱われ、民達は彼女に祈りを捧げて奇跡を受け取る、それがこの国特有の構図なのだ。


 そして、これはそんな国のとある夜会にて起きたお話。



「聖女……いや悪女ウィスティレ!俺はこの時をもって、貴様との婚約を破棄する!」



 国中の貴族が集まる厳かな場を突如として切り裂いたのは、遠くまで良く通る声。一体何事か、と多くの出席者が顔を向けた方にいたのは、この国の王太子ローガン。ローガンは目の前に立つきらびやかなドレスを纏った女性を指差し、怒りの表情を向けていた。

 そう、突然王太子が婚約者である聖女を怒鳴りつけ、糾弾し、婚約破棄を叫んだのだ。


 王太子の前に立っていたのはこの国の聖女であるウィスティレ。今年17歳になる彼女は、白黒が混じった不思議な柄の長い髪と、透き通った夜のように深い藍色の瞳を持つ美しい少女だった。白魚のように細い指に握られた扇にはキラキラと光る小振りの宝石がくくりつけられ、金糸の刺繍で贅沢に彩られた黒いドレスは、彼女のスラリとした長い手足を際立たせる。


 だが、見る者全てを釘付けにする華やかな婚約者へ向けるローガンの目は非常に厳しい。



「ウィスティレ……!聖女という地位を利用し、散々好き勝手してくれたらしいな。この半年間で積み上げた貴様の悪行、全て俺の耳に入っている!」


「……。」



 ウィスティレは、歴代で最も優れた聖女だった。ローガンの認識では、半年前までは確かに。孤児だった彼女は神殿に聖女としての素質を見出だされ、拾われて以来ずっと国のため、国民のために尽くしてきた。贅沢をせず、清貧であるを努め、少しばかり痩せてはいたが美しい。王太子であるローガンにも逆らわず、意見も言わない。


 だが、今はどうだろうか。



「まず1つ目、神殿の金の使い込み!

聖女という立場に似合わぬ、贅の限りを尽くしたそのドレスが最もな証拠である!


他にも、聖女でありながら木々を無駄に伐採したり、動物に虐待を行い痛めつけたり、他者に笑いながらムチを打ったり、侍女に木屑を飲ませたり、怪我人を露骨に差別し、治療を渋ったり……街を襲った悪しき竜を下僕として操っているそうだな!」



 ローガンの口から流れるように出てくるウィスティレへの疑惑と追及。だが、ウィスティレは何も言わず、顔を扇で隠したままだ。


『ウィスティレ様が?』『まさか、聖女様がそんな!?』『ですが確かに、ここ数ヵ月のウィスティレ様の振る舞いは……』『急に変わられましたよね……。』


 2人の周囲はざわつき始めたが、当の聖女はピクリとも動かない。暫くの沈黙の後、耐えられなくなったローガンは更に鋭い声を飛ばす。



「弁明も無いのか!?やはり貴様は聖女などではなく、この国を惑わす悪女らしい!数々の悪魔の所業……聖女でありながら、悪魔にでも取り憑かれているのではないか!?」



 “悪魔の所業”……その言葉が発された途端、パチン、と音を立てて、ウィスティレの顔を覆っていた扇が閉じられた。ローガンはようやく何か言う気になったのか、と身構える。ここ半年で自身の元に寄せられていた報告……聖女ウィスティレの行動はとにかくひどい物ばかりで、昔からの婚約者であっても堪忍袋の緒が切れたのだ。


 ローガンの予想では、扇で隠されていたウィスティレの顔は、図星をつかれて怒り狂った顔をしているに違いなかった。そう、長い間婚約者だったローガンはそうだと、確信していた。


















 



「オーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッホッホッホッホッホッホッ!!」


「なっ!?」



 ……しかし、聖女ウィスティレはローガンの想像等という枠から、何歩も先へ飛び出しているのである。怒るどころか高笑いを繰り出し、心底楽しそうにウィスティレは笑っていた。ローガンの告発を滑稽な喜劇かのように大笑いしているのである。



「な、何がおかしい!?やはり気でも狂っているのか!?」


「オホホッ!!あー、面白い!このアタシがよりにもよって悪魔ですって?ウフフフッ!!!!」



 美貌を歪ませながら、ヒィヒィ笑いながら。ウィスティレは笑い続ける。やはり婚約者は狂っているらしい。突然の聖女の荒ぶりに、騒がしかった周囲は静まり返る。ローガンも何も言えなくなり、夜会の会場にはウィスティレの笑い声だけが響いていた。


 1分か、それとも10分か。ある程度笑って満足したらしい聖女は、大笑いしたせいで崩れた髪を軽く整えると、微笑んだまま婚約者に向き直る。ローガンは少しだけ身をビクリと震わせた。それも面白いのか、ウィスティレは笑みを更に深くして、言葉を放つ。



真実(マジ)ですわ、それ♡」



 稀代の聖女、ウィスティレは王太子に向かってウィンクしながらそう笑った。




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