第二話 もう願わなくていい
村の片隅、小さな教会の納屋。
私は、そこでひっそりと生きていた。
誰も、私に願いを押しつけない。
誰かに会うたび、怯える。
「また、何か望まれるんじゃないか」
「この姿でも……誰かのために使えと命じられるんじゃないか」
でも、この村だけは違った。
「ごはん、持ってきたよ」
「冷えるから、中に入りな」
皆、私を“助ける存在”としてではなく、
“ひとりの人間”として見てくれていた。
そんな日々の中――一人の男が現れた。
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「ここに、ラナという女性がいると聞いて」
教会の神父様にそう話していたその人は、
私より少し年上くらいに見える、きれいな金髪の青年だった。
けれど、その声に私は心臓を跳ねさせた。
聞き覚えがあった。
遥か昔、城下で声を震わせていた――あの男の子。
「……あなた、もしかして……」
彼は、私の顔をまっすぐ見て、笑った。
「ラナ。僕の名前はユリオ。隣国の第二王子だよ」
「君は、昔……僕の命を救ってくれたんだ。政変で命を狙われて、ずっと逃げていた。
そんな中で、“君の願いは叶うよ”って、そう言ってくれた」
「僕は……生きる気力を失っていた。
でも君の言葉と、君の力が、僕に生きる意味をくれたんだ」
私は、何も言えなかった。
あの時の言葉が――この人を変えたの?
助けたつもりなんて、なかった。
ただ、心から出た言葉だったのに。
ユリオは、私の手をそっと取って言った。
「もう、願わなくていい」
「君は、君のままで、幸せになっていいんだよ」
その瞬間――私の身体から、柔らかな光が舞い上がった。
指のしわが、ゆるやかに伸びていく。
ただれていた肌が、しっとりと潤い、元の白さを取り戻していく。
抜けていた髪が、金の糸のように輝きを戻し、風になびいた。
「――え……? なに、これ……」
ユリオは微笑んだ。
「これは、僕の“願い”だ。
僕はただ、君が幸せでいてくれればいい」
「君が、笑っていられれば……それだけで、世界は救われるから」
私は――泣いた。
ずっと誰かのために願い続けてきた。
でも、“私のために”願ってくれた人は、ユリオだけだった。
胸が、きゅうっと苦しいくらいに熱くなった。
「ありがとう……ありがとう、ユリオ様……」
この涙は、悲しみではなく――“幸せ”の涙だった。
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数日後。
村には花が咲き、井戸には清らかな水が湧いた。
病に伏していた子供が立ち上がり、貧しかった家に恵みが訪れた。
私はもう、願いを叶えていない。
それでも、周囲は自然に癒やされていく。
きっとこれは、“私自身が幸せになった”から。
誰かのために傷つくのではなく、
自分の幸せが、世界に届いているのだと、思った。
でもその裏で――かつて私を捨てた人たちは、
“何か”を失い始めていたことに、まだ私は気づいていなかった。