第一話 願いの代償
願いを叶えることができると気づいたのは、私が10歳の頃。
でも、代償として願いを一つ叶えるたび、私は醜くなっていった。
誰かの病を癒したときには、頬にただれができた。
飢えた村に食糧を降らせたら、髪が抜け、爪が黒ずんだ。
兄の出世を祈った日は、両足が痛みで立てなくなった。
それでも――家族は、喜んでくれた。
「ラナ、お前がいてくれて本当に良かった」
「もう少しだけ、もう一つだけ、頼んでもいいか?」
その言葉に、私は首を縦に振った。
愛されていると思っていた。
でも、それは幻想だった。
私は、“願いを叶えてくれる人形”でしかなかったのだ。
⸻
「ラナ、君との婚約を解消する」
声を震わせることなく、アレスト王子は言った。
その隣で微笑むのは、セシリア。
私の妹。私より美しく、私の代わりに王妃となる娘。
「もう……君には、王妃の品格がない」
「正直なところ…きみは醜すぎる」
父も母も、私を見て目をそらした。
「もう休んでいいのよ」
「セシリアがいるから、大丈夫だから」
“もう用済み”という言葉が、目に見えるようだった。
私は、ただ静かに微笑んだ。
「……わかったわ」
ほんとうは、泣きたかった。
壊れそうだった。
でも、涙を流す資格すらないと思っていた。
一人、馬車に揺られて国を出た。
何もかも奪われた、ぼろぼろの姿で。
私に幸せだった思い出は、あるだろうか。
忘れていた記憶、あの小さな男の子のことをふと思い出す。
まだ私が力に目覚める前の美しかった頃、お忍びで城下に出た時に泣いていた少年。
「大丈夫? どうしたの?」
怖がっていた。震えていた。
でも、勇気を出して、私は手を握った。
「きっとね――君の願いは、ちゃんと叶うよ」
そう言って、私はたぶん、彼の願いを初めて叶えた。
“生きていたい”という、ただそれだけの願いを。
「ありがとう。…きっといつか、お礼をするから!」
彼がどうなったのか知らない。
名前も、もう思い出せない。
でも、そう言ってもらえて何だか誇らしく、嬉しかったのは覚えてる。
でも――
「もう、誰かのために、願うのはやめよう」
今度こそ、私は自分のために生きる。
この醜い姿で、誰にも頼らず、誰も助けず。
そんなふうに、私は隣国の、静かな小さな村に辿り着いた。
運命が、再び動き出すとも知らずに。