帰宅
夜。
友達の付き添いで、整骨院にやって来た。よくここに通っているらしい。
中に入る。
思いのほか広くて驚いた。
とにかく待合室が広い。何フロアにも渡ってイスやテーブルが置かれている。
しかも大勢の患者で大賑わいだ。どこの席も人が座り、みんなだらだら喋っている。病院の待合室という雰囲気ではなかった。
広いけど、綺麗ではない。照明は薄暗いし、よく見なくても古びているのがわかる。
友達はいつも座る席を決めているようだ。奥のほうに進み、空いているソファに座った。
隣にはわいわい騒ぐご老人たちがいた。
「あら、いらっしゃい」
友達と知り合いらしい。いつもこの席に座って、この面子で喋っているということか。
ご老人たちは気のいい人たちだった。付き添いの私にもよく話しかけてくれる。
「へえ、じゃあみなさん、常連なんですね」
私がそう言うと、ご老人たちが笑った。この人たちにとって、ここは勝手知ったる憩いの場のようだ。
そういえば私も右の膝がおかしいのだ。こんないい雰囲気の病院なら、ついでに私も診てもらおうか。
と、そこで、時間のことを思い出す。
スマホを取り出す。そして画面を見てびっくりした。もう夜中の0時を過ぎているではないか。
こんな時間なのに、ここにはこれだけの人がいる。診察の順番が回ってくるの、果たしていつになるんだろう……?
「私もう帰るね。家の人が心配するし」
そう知り合いに言って、先に一人、整骨院を出る。
今から帰ることを家族にメッセージで送る。
私は駅に向かった。
駅に着いたら昼になっていた。
この駅は初めて使う。構内はよくわからないけど、駅なんて大抵同じだし、どうにかなるだろう。
なんて思っていたら、目の前に6つの改札が立ちふさがった。
いつも使っている線。その線に乗るための改札が6つに分かれている。どうやら、それぞれ行き先が違うらしい。
なんでこんなに細分化されてる? 知らない駅名もある。いつも使ってる線なのに。わけがわからない。
とりあえずスマホで路線案内を調べる。
それでもよくわからなかった。いつものようにならない。なんでこんなに知らない駅がたくさん出てくるんだろう?
窓口へ行こう。最終的には人に頼るしかない。
駅員は別のお客さんの対応をしていたけど、幸い、すぐに終わった。
私は自分の行きたい駅名を告げて、何番線に乗ればいいのかを尋ねた。
「うーん、それはどれだったかなあ」
なんと駅員さんでもわからないとは。
仕方ないか。だって、あんなに複雑になってるんだから。
私はスマホの画面を見せた。さっきの路線案内の画面だ。
「調べたらこういうふうに出てくるんですけど、よくわからなくて。いつもはこんなことないんですけどね」
「どれどれ」
駅員さんが覗き込む。数秒、目をくりくり動かしていた。
「これはわかりづらいね。でもたぶん、3番線だよ」
「3番線ですか。へえー。ありがとうございます!」
本当に助かった。聞いてよかった。
けれども駅員さんは首を捻っている。どうにも納得のいかない様子だ。
「……もし間違ってたら大変だから一緒に乗るよ」
苦笑いする駅員さん。自分の回答に自信がないらしい。それでお客さんが見当違いの電車に乗ってしまったら、やっぱり駅員としてマズイのだろう。
ともあれ一緒に来てくれるなら安心だ。もし間違っていても、なにも問題はない。
3番線から電車に乗る。
車内で、少し話をした。
「へえ、整骨院からの帰りなんだ。お友達も大変だね」
そう言って笑っていた。
車内アナウンスが流れる。次は●●駅と、私が降りたい駅名を告げた。駅員さんの心配は杞憂となった。
ほっとする。ようやく家に帰れる。
「ありがとうございました。助かりました」
「そういえばここだったね。この駅、降りたことないんだよな」
「そうなんですか? じゃあよかったら今度遊びに来てくださいよ」
そうは言っても、なんにもない田舎の駅だ。時間を潰す場所にすら困るような。来たところでなにも楽しくはないだろう。
私はもう一度お礼を言って、電車を降りた。