不安定モール
ショッピングモールに来た。
目的の物がある。それは、上の階で売っているはずだ。
けれどもこのモールには、エレベーターもエスカレーターも、階段すらもない。
移動手段は梯子だ。
白く塗られた鉄梯子。幅が狭く、足を掛ける棒も妙に細い。そういう梯子が、上の階に向かって垂直に伸びている。
梯子には、事故防止の対策と呼べるものがない。命綱だとか、柵だとか、落下防止のネットだとか、なにも。
そんな梯子に大勢の客が群がる。これしか移動手段がないのだから、当然そうなる。
戦々恐々として私は梯子をのぼる。
冷や汗が止まらない。手のひらが濡れる。
すさまじい恐怖、緊張、ストレスが、脳の中に分泌される。脳みそが縮こまっている気がする。本当に怖かった。
なんとか2階に上がれた。
けれども、梯子から2階の床部分に這い上がるのもまた、怖いのだ。
柵のない2段ベッドを想像すればいい。まあ、ベッドならばそれほど怖くはないだろうけども、つまりそれがショッピングモール規模の建物の、1階と2階の高さで発生しているのである。
しかも目的の物は2階よりさらに上。たぶん、5階とか6階とか、そのくらいだ……。
次の梯子に向かい、神経をすり減らしてまたのぼる。
怖い。早く解放されたい。
諦めず、どうにか目的の階に来られた。移動だけでへとへとだ。最後のほうは、半ば梯子にしがみつく形でのぼっていた。
梯子からおりて地に足をつける。足が震えている。
安心したのも束の間、ふと思う。
もしこの床が消えてなくなっちゃったらどうしよう。
最悪の想像。
そして、なんと本当に床が消えてしまった。私の想像に応えてしまったのだ。
やっぱり今のナシ!
慌てて想像し直す。床をイメージしたら、きちんと戻ってきてくれた。
ここはなんて不安定なんだろう。移動は梯子だし、床は簡単に消えるし、おちおち気が休まらない。
そうして私は目的の物がある売場にやって来た。
売場には友人がいた。
ああそうだ。
ここまで買いに来たのは、私が欲しい物じゃない。この友人の欲しい物だった。
そのために私、命かけてここまで来たのか……。
いや、苦労したんだから。ちゃんと自分の欲しいものを探してみよう。
友人を置いて売場を移動する。
文具コーナーがあった。
すごい、きらきらでかわいいものばかり。
ラックに大量のシールセットが吊られている。どれもこれもかわいい。懐かしい、ブロック型のシールもあった。昔流行ったやつだ。
シールの他にも、キーホルダーがある。
惹かれたのは、青いぷにぷにのやつ。
スクイーズに近い。ああいう感じでもちもちぷにぷに柔らかくて、濃い青とラメで綺麗。形はソーダの瓶を模している。
これもいいけど……そういえば。
思い出した。マスキングテープが欲しかったんだ。
こんなにかわいい文具コーナーなら、いろんなマステが揃っているはず。それらしいものが置いてありそうな棚を探してみる。
けれども、どういうわけか見つからない。
あった! と思って近づくと、それは緑色の養生テープだった。そういう、仕事や何かしらの作業で使う、かわいさの欠片もないテープ類しかない。そんなことってあるんだろうか。他はいいやつが揃っているのに。
うろうろしていると、友人がやって来た。目当ての物が買えたらしい。手に袋を提げている。
「もう帰ろうよ」
と、言われた。
「うん……」
マステがないなら私も用はない。
それでもどこかにあるんじゃないかと、未練がましく棚に目をこらしながら店を出て行く。
ああそうか。
また梯子で移動するのか……。